経済金融部 川崎健
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- 2011/9/7 22:38
昨日6日の東京株式市場では野村ホールディングスと大和証券グループ本社の「株価逆転」が、おそらく両社の上場(ともに上場は1961年10月)以来初めて起きた。
もちろん発行済み株式数が大和の2倍以上ある野村の単純株価が大和を下回ったからといって、そのこと自体に意味はない。だがこれはつい最近まで、様々な銘柄の時価を顧客にいち早く知らせることを商売の基本にしてきた証券会社の株価だ。「ついにそんな日が来たのか」。野村と大和の社員はもちろんのこと、証券マンの間では両社の株価逆転の話題でもちきりだった。やはりこれは日本の証券市場にとって象徴的な「事件」だったのだ。 ではなぜこんな逆転劇が起きたのかというと、最近の大和の株価の下げよりも野村の株価の下げの方がきつかったからだ。7日はさすがに反発したとはいえ、野村が6日後場に付けた安値は290円。これはさかのぼること1980年4月23日の取引時間中に付けた安値290円(分割修正後)以来、31年ぶりの安値ということになる。
仮に野村株が今後、この水準よりもさらに下がってしまうと、ちょっと困った事態が発生する。
QUICKに保存されている個別銘柄の日足の株価データは80年1月以降しかなく、東京証券取引所にも電子データとしては保存されていないという。電子的なデータをさかのぼれる範囲での野村の安値は80年4月7日の285円で、この水準を割った場合の安値は新聞の縮刷版といった紙データをさかのぼって調べるしかない。そんな手間をかける人はいないだろうから、野村株は「いつ以来なのかよく分からないほど安い」と表現するしかなくなる。いずれにしろ、これで現在の野村の株価がいかに歴史的な安値水準にあるのかが分かろうというものだ。
では今の野村の株価は果たして妥当なのだろうか。
野村の足元の株価下落の引き金を引いた米連邦住宅金融庁(FHFA)による住宅ローン担保証券(MBS)を巡る提訴問題について考えてみよう。
簡単におさらいすると、FHFAは2008年9月のリーマン・ショック直後に経営が破綻して多額の公的資金が投入されたファニーメイ(米連邦住宅抵当公社)とフレディマック(米連邦住宅貸付抵当公社)の監督機関。先週2日(日本時間3日午前)にFHFAは野村の米国法人を含む大手金融機関17社に対して損害賠償を求める訴訟を起こしたと発表した。17社はファニーとフレディにMBSを販売する際にリスク説明が不十分といった重大な過失があったというのが提訴の理由で、FHFAが賠償の対象としてあげたMBSの総額は計約2000億ドル(約15兆円)に達している。
このうち野村がFHFAの損害賠償請求の対象にされたのは05年11月から07年4月に発行されたMBS計7本で、発行額は全部足すと20億4592万ドル(約1575億円)。これは野村の前期の税引き前利益(932億円)をすべて吹き飛ばす規模だから野村株は大量に売り浴びせられ、今週5日と6日の2日間で株価は10%下げて大和の株価を初めて下回ったという次第だ。
ところがこのFHFAの提訴の中身を探っていくと、市場の反応はいささかオーバーすぎるというのが正直な印象だ。
今回の提訴対象にも入っていたある米系金融機関の関係者に聞くと、「FHFAは全体の1割ぐらいを取り戻せば御の字と考えているのではないか」と話していた。2日のFHFAの発表資料に賠償請求額が書かれていなかったために総額2000億ドルという数字が一人歩きした感があるが、これは対象となったMBSの発行額面の総額。損失額はこれよりも当然少ないうえ、すでに償還になったMBSも含まれているという。仮に賠償額が1割で決まったとすれば、野村の負担分は2億ドル(約150億円)ということになる。
野村の自己資本は約2兆円。仮に約150億円の賠償が確定してもそれは自己資本の1%に満たないわけで、10%も下げた株価のネガティブな反応はいかにも行き過ぎだろう。
米欧メディアを通じた「2000億ドルの巨額賠償請求」の報道に慌てたのか、FHFAも6日になって提訴の真意を説明する緊急声明を発表。メディアによる2000億ドルという損害賠償請求の推計は「行き過ぎている」と火消しに走った。声明は「(損害賠償額は)証拠や裁判で認定された事実によって確定される被った損失や回収額を反映したものになる」とゴシック体で強調して説明。つまりFHFAも「別に満額を返せと言っているわけではない」と認めているというわけだ。
さらにFHFAの声明をよく読んでみると、ほかにも興味深い表現が見つかる。例えば「いかに大きくて洗練された機関投資家が相手といえども、売り手はMBSの商品説明を怠ってはならない」という下りだ。ファニーとフレディは自らが大量のMBSを発行してきたプロ中のプロ。専門知識がない個人ならまだしも、住宅ローン証券化のプロが販売金融機関を訴えたのが今回の訴訟で、FHFAが声明の中にあえて記したこの1文は、今回の訴訟に勝つことがいかに難しいのかをFHFA自身が十分認識しているようにも読める。
もっとも今回のFHFAの提訴に対する現状の野村側の説明は「何もコメントできない」という一言だけ。市場の不安を抑えるために投資家やメディアに事情を説明すればいいのではないかとも思うが、あえてコメントを出さないのにも理由があるようだ。
ある野村関係者は「この手の米国の損害賠償訴訟で一番いいのは、相手を完全に無視することだ」と明かす。裁判では原告のFHFA側に被告の過失を立証する責任がある。もともとFHFAが今週に迫った時効間際にやっと提訴にこぎつけたという「無理筋」の裁判。何もコメントしないほうが今後の裁判で有利に立てるという判断だという。
野村と同じくJPモルガンやゴールドマン・サックスなどの米国勢はそろって「何もコメントできない」とだんまりを決め込んでいるのはそのためのようだ。コメントを出したのは「FHFAの訴えは非合理」というドイツ銀行と「断固として戦う」という英RBSぐらいで、どちらも欧州勢というのがなかなか興味深い。
FHFAの提訴騒ぎの3日前、ある米大手ヘッジファンドで金融株を専門に担当しているあるファンドマネジャーは「今は日本の金融株の中で野村に一番興味がある。野村の株価は安い。どこか欧米金融機関に買収される可能性もあると思うが、野村はまだ不十分ながら日本では唯一、グローバルで投資銀行ビジネスを展開している金融機関。これが外資の傘下に入ってしまうと反対の声もあがるのではないか」と話していた。下がり続ける株価にしびれをきらした日本の株主からは「リーマン買収は失敗だったのではないか」と繰り返し批判されてきた野村。しかし、まだ海外の投資家からは少なからずそういった期待混じりの目で見られているということだ。
リーマン買収からもうすぐ丸3年。野村は内にこもらずにあえてグローバルビジネスに打って出る選択をしたが、今のところ収益として目に見える成果を株主には示せていないのが実情だ。
さらに今回の野村の株価下落は欧米金融機関と完全な相似形をたどっている。野村の現在の連結PBR(株価純資産倍率)は0.53倍。大和のPBR(0.64倍)に比べれば割安といった比較をされるよりも、市場は「ゴールドマン・サックス(0.79倍)やモルガン・スタンレー(0.53倍)と比べれば今の野村のPBRは妥当な水準だろう」(米系証券アナリスト)とみる。良くも悪くも「グローバルで戦う」という選択をしたということはそういうことだ。
まだ日本発のグローバル金融機関になるという周囲の期待は消えていない。株価下落を嘆く前に、自ら成果を出してそういう投資家に株価上昇という果実で報いること。野村にとって、株価300円近辺の今はまさに正念場である。
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