国家公務員制度改革論点 (下)「個」の意欲引き出す環境を

加藤創太 国際大学教授
政官の分担、明確に 内閣機能の強化は重要

 公務員制度改革が主要な政治的アジェンダ(政策課題)になってからすでに10年以上たつ。その間、国家公務員法が数度にわたり改正され、行政改革推進法、国家公務員制度改革基本法などが成立し、様々な「大綱」や「方針」が閣議決定された。法改正や新法制定には政府内の膨大なエネルギーと時間が費やされ、毎年のように新たな改革案が提示される。なぜ延々と改革論議が続くのだろうか。

 政治学において、世論が割れず一方向に流れる争点を合意争点(valence issue)という。政治倫理、環境などが典型例として挙げられる。公務員制度改革もその一つといえよう。政治主導の実現、公務員組織のスリム化、といった基本部分について、世論の大勢も主要政党もメディアも、同じ方向を向いている。

 こうした合意争点は、しかし、いったん具体案が政権与党から提示されると、途端に対立争点(position issue)に転じることが多い。世論の方向性が明らかであるため、与党案では「手ぬるい」という批判や対案を、与党内の対抗勢力や野党などが出してくるからである。

 2008年に当時与党であった自民党が国会に提出した国家公務員制度改革基本法を、民主党は「手ぬるい」と激しく批判した。しかし、政権交代後に民主党が提出した国家公務員法改正案に対しては、今度は自民党が「手ぬるい」と批判している。

 公務員制度改革の重要性は非常に大きいが、政策課題が山積する中、延々と議論を続け改革競争をエスカレートさせていくのは適切ではない。

 こうした議論を収斂(しゅうれん)させるためには、超党派での取り組みが有効となる。参院選後の衆参ねじれ現象は、必然的に超党派の政策形成を促すため、そのよい機会となるだろう。実際、玄葉光一郎前公務員制度改革担当相は、他党との政策協議に前向きな発言をしていた。

 超党派での取り組みにあたっては、「改革派」対「抵抗勢力」の浅薄な二元論ではなく、制度改革の目的や根本理念に立ち返った骨太の議論を望みたい。公務員制度改革論争は、基本の方向性では一致しつつお互いの差異を強調してきたため、細かな法制度論の隘路(あいろ)にはまり込んでいる。半面、基本方向についての批判が少ないので、根幹部分の議論は粗い。

 公務員制度改革の目的は、(1)国家と公務員の目指す方向性を一致させ(2)政官の役割分担を定め(3)目指すべき方向性に向け「個」の公務員の意欲・活力を最大化させることに尽きるはずである。これは企業など他の組織改革と変わらない。(1)(2)(3)を実現する上での制約要因は、権力分立原則、公務員の中立性の維持、公務員人件費縮減の必要性、などである。



 図を見れば、この目的の実現が容易ではないことがわかる。日本は先進民主主義国家の中で、人口当たりの国家公務員数が非常に少ない。その上さらに公務員人件費を縮減しつつ、望ましい公務員制度改革を達成するためには、よほど効率良く(1)(2)(3)を達成しなければならない。

 ここ10年以上の公務員制度改革は(1)の国家と公務員の方向性の一致に終始してきた。その中心が、官僚主導から政治主導への動きだ。省益に走りがちな官僚を、選挙で選ばれた政治家が主導し、国民の望む方向へ向けさせる、というロジックである。

 民主党政権が提示した改革案の多くも(1)についてである。彼らが目指す政治主導は、基本的には政党主導ではなく、「内閣主導」である。特に重点が置かれているのは縦割り行政の打破で、幹部人事の一元化、内閣人事局の設置、国家戦略局(室)の設置などはいずれもその視点のものだ。

 低成長、少子高齢化時代を迎え、政治・行政には「何を捨て、何を取るか」という調整機能が求められる。そのためにも縦割り行政の打破と内閣機能の強化は極めて重要である。その意味で、幹部公務員人事の横の流動化は必要であり、国家戦略室の機能は縮小されるべきでない。

 しかし、幹部人事の一元化や内閣人事局の設置などを通じ、政治家が公務員の人事権を強く握ることについては、公務員の中立性や権力分立の観点から慎重な検討が必要だ。公務員は内閣の指揮命令に服すると同時に「全体の奉仕者」(憲法15条)として政治的中立性も要求される。この両者の微妙なバランスには敏感でなければならない。実際、民主党が政治主導のモデルとする英国では、大臣の公務員に対する人事権を認めていない。

 政治家が幹部公務員に対して強い人事権を持てば、幹部公務員は政治家の歓心を買うために政治化する。しかし、官僚が政治家と一体化し利害調整を担うことになれば、それは「自民党時代の族議員・官僚主導」への逆戻りとなるのではないか。

 望ましい政治主導とは、政治家と官僚が一体化することではないはずだ。選挙で選ばれた政治家が方向性やプライオリティーを示し、官僚は専門知識を生かして政策の選択肢を示すといった役割分担こそが必要となる。

 その際、政治家が、党利党略や選挙区利益のため公務員を「主導」しないよう監視することも必要となる。政官の接触制限を導入すべきである。また、政党や政務三役の意思決定過程の透明化も重要となる。そのためにドイツなどに見られる政党法の発展的な導入や、政務三役会議の議事録公開を検討すべきだ。

 公務員制度改革の論議のおそらく最大の特徴は(3)「個」の公務員の意欲最大化についての議論が驚くほど欠けていることである。当然のことながら、組織のパフォーマンスは個の構成員の能力と意欲にかかっている。優秀な人材を確保し、彼らが意欲とプライドを持って、自らの知力や創造力を前向きに絞り出すような環境をつくる必要がある。

 企業などの組織改革でトップが最も重視するのは、構成員へのインセンティブ(誘因)の付与であろう。適切なインセンティブを与えることで構成員を前向きに正しい方向へと誘導できれば、構成員の意欲の最大化だけでなく、組織と構成員の方向性の一致も実現できるからだ。これに対し、トップが構成員を強権的に抑えつければ、方向性は一致できるかもしれないが、意欲が損なわれる。

 だが、同じ人間の組織を扱っているにもかかわらず、公務員制度改革では公務員にインセンティブを与えるという前向きの議論は少なかった。代わりに、公務員の行動規制や法律の抜け穴をふさぐことばかりに熱を上げてきた。これは企業でいえば、抜本的な経営改革をするのに就業規則の改定ばかりに熱中するようなものだ。

 天下り問題もインセンティブの観点から考えることができる。天下りは、退官後に高額の報酬を与える制度であるため、組織に対する長期的な忠誠のインセンティブとなっていた。しかしこれは、縦割り行政の弊害が叫ばれる現在ではむしろ逆効果であろう。民主党案のように天下りのあっせんを禁止しつつ、定年を実質延長する方向に進むことが望ましい。

 最後に、公務員制度改革についての問題点と取るべき方向性についてまとめたい。

 1つは、改革のベースとなる基本的な点について、政治哲学や理論、データを基に検討し直すべきである。たとえば、自民党政権では官僚主導だったと思われているが、政治学者の丹念な実証研究の結果は、否定的なものが多い。

 2つ目は、政治制度改革との連動である。政治家が、党利や部分利益でなく全体利益のため公務員を主導するよう、国民が政務三役や政党を監視できる制度が必要となる。

 3つ目は、上からの法規制ではなく、個を中心に置いた制度設計を進める必要があるという点だ。公務員制度の根源は、個々の公務員の能力と意欲である。彼らの創造力や活力を最大限に引き出すようなインセンティブ付けが必要となる。若手公務員の声にもっと耳を傾けるべきだ。法律家でなく、経営者や経営学者の視点が重要となる。

 そして最後は、国家ビジョンである。これがあってはじめて、公務員制度も、個の公務員が向くべき方向性も、最終的に定まってくるはずだ。



<ポイント>
○公務員制度の議論、超党派の取り組み有効
○従来は「国家と公務員の方向性一致」に終始
○国家ビジョン踏まえた骨太の改革議論必要

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