稲継裕昭 早稲田大学教授
天下り廃止は不可避 人件費削減、現実的な案に
終戦直後の1947年に制定された国家公務員法は、戦前の身分的な官吏制度を改革し、民主的で能率的な公務運営を確保するための公務員制度を確立しようとするものであった。翌年、労働基本権の制約と、その代償措置として人事院の創設を目玉とする大改正がなされたが、それから半世紀の間、日本の公務員制度は抜本的な改革を経験してこなかった。
以前なら、国民の間には「キャリア官僚たちはエリート意識が鼻持ちならないし、天下りもあってねたましいが、金銭面で手を汚すことは少なく(なぜなら退職金や天下りが“人質”になっている)、日本の経済発展に貢献している」という意識がある程度共有されていたと考えられる。実際、80年代の世論調査では、天下りに対する批判は少なく、今とは隔世の感がある。
長年運用されてきた国家公務員制度の根幹は、二重の「将棋の駒」の形で、かつ「アップ・オア・アウト型」の昇進管理にあった(図の上)。まず各省ごとの採用時点でキャリア(上級甲)とノンキャリア(中級・初級)を分ける。同期で採用された各省20人程度の事務系キャリアは「同一年次採用者の同時昇進」の原則に従って、一定レベル(本省課長級)までは同時に昇進していく。
だが、審議官クラスへは同期全員は昇進(アップ)できず、昇進競争に敗れた者は外部(特殊法人、公益法人、民間企業)へ天下り(アウト)する。その上の局長クラス、さらに事務次官を選抜するまでこの昇進競争が続く。このシステムにより、比較的若い時期に重要なポストを経験させ、官僚組織を活性化するとともに、忠誠心をもって職務に精励するキャリア公務員制度をつくり出した。
だが、このシステムはある時期から逆機能に転じる。もともと公務員の忠誠心は国家ではなく各省に向かっていたが、経済成長が鈍化して各省間のゼロサムゲームが熾烈(しれつ)化するにつれ、セクショナリズムが加速した。試験制度の変更後、大学卒の2種(ノンキャリア)採用者の中の優秀な者は、能力的に1種(キャリア)採用者の一部を上回る例も見られるようになってきた。さらに、80年代末から90年代にかけてキャリア官僚の不祥事も相次ぎ、官僚バッシングの大合唱となる。これらを契機として公務員制度改革が大きな政治問題となってきた。
公務組織の活性化に役立ってきた天下りも様々な問題点が指摘されるようになった。現在の国民世論からして天下り廃止は不可避であり、従来のアップ・オア・アウト方式はもはや継続できない。そのため、従来50歳代前半で天下りさせていた職員を省内にとどめざるを得ず、各省ともその対応に苦慮している。
昇進年齢を遅らせると、若手職員のモチベーション低下を招く。これを避けるため、現役のまま独立行政法人などへ出向させる方法をとっているが、一部メディアからは、これすらも「天下り」と批判されている。上級専門スタッフ職という制度が考えられているものの「窓際厚遇」との批判もあり、今年の人事院勧告には盛り込まれなかった。
結局、同期採用同時昇進という昇進制度の在り方そのものを変えざるを得ないと考えられる。能力・実績主義の徹底ということである。すでに、1種と2種という区分ではなく、総合職と一般職という区分へと試験制度を変更することを人事院が提案しており、キャリアとノンキャリアの境界がゆるやかなものとなるだろう。
2008年成立の国家公務員制度改革基本法は次の3点を規定している。(1)縦割り行政の弊害を排除するため、内閣の人事管理機能を強化すると同時に、多様な人材の登用および弾力的な人事管理を行える幹部職員制度を設けること(2)その任用については内閣官房長官がその適格性を審査して候補者名簿を作成し、各大臣が人事(任免)をするにあたっては、首相および官房長官と協議したうえで行うこと(3)それらを所掌する内閣人事局を設置することである。
さらに、民主党政権が本年の国会に提出した国家公務員法改正案(審議未了で廃案)には、事務次官、局長、審議官を同一職階とみなして、その間の異動を柔軟に行えるようにする(極端にいえば事務次官から審議官へも可能)という内容も盛り込まれていた。全体として、内閣主導で、より柔軟な人事異動を可能にする方向が目指されている。
ただ「内閣主導の適材適所の人材登用を柔軟に行う」場合に、留意しなければならない重要なポイントがある。政治的応答性(政治的な要求にどれだけ応えるか)と、官僚のもつ専門性の両立、バランスである。政治的応答性は重要であるけれど、他方で政治的中立性(政権が交代しても従来と同じく専門性をもって政策提案ができること)が不可欠である。猟官制が跋扈(ばっこ)した大正時代の例を引き合いに出すまでもなく、行政の中立性を損ねた場合に、非効率な行政の被害を最終的にこうむるのは国民である。
米国の官僚の政治任用に関する最近の注目される研究は、政治化が進んだ省庁や機関のパフォーマンスが低下することを実証的に明らかにしている。政治化が進んだ米連邦緊急事態管理局(FEMA)は05年、米国南東部を襲ったハリケーン・カトリーナに極めてお粗末な対応をして、大勢の犠牲者を出してしまった。政治的応答性を重視しようとする場合でも、公務員の政治的中立性を念頭に置き、また、組織のパフォーマンスを低下させないためにはどうすればよいか、制度設計および運用において、十分な配慮が必要である。
今後の制度設計にあたっては、人事権の乱用や恣意(しい)的人事が行われないように細心の注意が必要であるとともに、そのための装置を用意する必要がある。
まず、適格性審査の段階で、中立公正な判断のできる第三者(有識者委員会や人事委員会)をかませる必要がある。適格性審査において政治家は排除されるべきだろう。
次に、幹部候補者名簿の中から特定のポストに任命する段階においても、英国の幹部リーダーシップ委員会・各省選考委員会による審査のような仕組みが検討されてよい。何らかの専門的機関が、ポストごとの候補者名簿を順位をつけて作成し、そこから大臣が任命するという仕組みにしてはどうだろうか。大臣は、名簿の第1順位でなく第2順位の候補者を選んでもよいが、その場合は説明責任が発生することにする。それくらいの仕組みにしないと、情実任用、猟官制の危険は避けられないと考えられる。
最後に、人件費削減と労働基本権の問題について触れておきたい。労働基本権を付与する代わりに人件費を2割削減すべきだ、との議論が横行しているが、これは現実的ではない。労働組合側からすれば基本権を付与してもらって人件費が減らないことを狙うのは当然である。人件費削減をもくろむ政府与党と、権利回復を求める労組側の思惑は同床異夢となっている。スト権を含む労働基本権論議の大前提としては国民をも巻き込んだ議論が必要であるが、残念ながら十分な議論が尽くされているとはいえず、今後まだ時間を要する課題である。
人件費2割削減はより現実的な案を検討する方がよい。まずは多くの自治体で行っているように内閣や議会が責任をもって公務員給与の5%程度のカットを行う。そのうえで、国の地方出先機関の職員のうち4万5千人程度(国家公務員30万人の15%、出先機関20万人の23%程度)を非公務員型の独立行政法人化する方法がある。国立大学や国立病院は非公務員型の独法となり厳しい評価を受けている。ガバナンス(統治)があまり効いていない地方出先機関はこの際、非公務員型の独法にして、評価委員会の厳しい視線にさらすことが必要だろう。
〈ポイント〉
○能力・実績主義の人事制度へ変更が必要に
○省庁の政治化が進むとパフォーマンス低下
○労働基本権付与して人件費削減は非現実的
今回『20/09 公務員制度改革論点 (上)政治的中立性も重視を』のブログをWEBRONZAテーマページにリンクさせていただきました。
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