22 策定進むAPEC成長戦略 FTA締結促進の弾みに

鍋嶋郁 アジア経済研究所主任調査研究員
農業も「自由化」を享受  韓国の政策転換に学べ

 11月に横浜で行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳・閣僚会議に向けて、日本各地で関連会議が開催されている。9月25、26日にも高級実務者会合が仙台で開かれ、今年のAPECの主要課題である「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」構想や「APEC成長戦略」などについて議論がなされる予定である。





 今年はAPECの今後のあり方を再考するのに格好の年である。APECでは1994年に「ボゴール目標」が採択され、先進国では2010年、発展途上国では20年までの貿易自由化達成を目指してきた。本年は先進国にとってまさにボゴール目標の達成年である。同目標の掲げる「自由で開かれた貿易および投資」には明確な定義がないことから、達成されたかどうかの厳密な評価は困難であるものの、94年以降、関税などの貿易障壁は大幅に削減された。しかし一方で、貿易・投資の自由化に向けて取り組まなければならない課題がいまだ多く残されていることも事実である。

 FTAAP構想は、APECの21カ国・地域全体で多国間の自由貿易協定(FTA)締結を目指すものである。FTAAPが推奨される背景には、自主的措置のみでは真の域内貿易自由化が困難ではないかとの見方が広まっていることがある。FTAAPは、自主的措置を前提とするこれまでのAPECとは性格が異なり、拘束性のあるFTAとして確立されなければならない。特に重要なのが、どれだけ本当の意味での貿易自由化が達成できるかである。

 FTAAP実現への道筋をつけるためにも重要な議題が、APEC域内の成長戦略である。現在策定されているAPEC成長戦略案には(1)「均衡ある成長」(2)「あまねく広がる成長」(3)「持続可能な成長」(4)「革新的成長」(5)「安全な成長」の5つの要素がある。

 貿易自由化を円滑に進めるためには「あまねく広がる成長」を考慮する必要がある。経済地理学の理論では、産業は自然に集積し、集積した産業はより高い生産性を持つため、産業の分布は均一にならず、ある特定地域に集中する。これは、経済構造が知的財産に由来する度合いが大きければ大きいほど強く出てくる傾向である。

 貿易自由化により恩恵を受ける産業がさらなる成長を遂げ、その産業が集積する地域をより活性化させる。一方で、貿易自由化による恩恵を受けにくい産業が主体の地域では、その産業だけでなく地域全体が大きな打撃を被る可能性もある。このような産業間・地域間の貿易自由化における恩恵度の違いに配慮し、適切な政策を加味しなければ、FTAAP構想への域内各国の同意、もしくは我が国の貿易自由化政策への各界からの同意を得ることが困難となり、今後の自由貿易政策の推進にとって大きな足かせとなろう。

 ここで留意する必要があるのは「あまねく広がる成長」のために単純な国内産業の保護を推進するのではなく、恩恵が受けにくい産業に対してどのような政策を打ち出していくかである。言いかえれば、FTAAPによる恩恵が最終的にAPEC域内全体、すべての産業、すべての人々に広く浸透していくことを意識した制度作りが必要といえよう。

 APECにおけるFTAAPのみならず、貿易自由化の促進、FTA締結は、輸出依存型の経済である我が国にとって極めて重要な課題である。本来ならば世界貿易機関(WTO)を通じて多国間の貿易自由化が推進されるべきだが、多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)が停滞している今、各国は条件の合う国々と個別にFTAを進めており、2000年以降150以上もの2国間FTAが締結されている。その中で日本はかなりの後れを取っている。

 日本にとって、FTA締結の最大の障壁となっているのが農業保護政策である。その結果、経済協力開発機構(OECD)の09年のデータをみると、農産物の国内価格を国境価格(輸入品の自国到着時点の価格)で割って計算する「名目保護指数」が日本は1.80に達し、OECD加盟国平均(1.13)と比べて非常に高い。今後の我が国のFTA戦略を考える上で、この問題の解決が不可欠である。すでに述べたように「あまねく広がる成長」は国内産業の保護を推進するのではなく、恩恵を受けにくい産業に対していかなる政策を打ち出していくかが重要であり、農業問題の解決も同様の発想方法で臨むべきである。

 まず、第一歩として、農産物の輸入規制緩和を促し、徐々に自由化の方向へ政策転換を図るべきであろう。日本もウルグアイ・ラウンド合意後、農産物の関税化に踏み切り、形式上は自由化の方向に向かった。しかし、保護対象となっている農産物の関税があまりに高く、ほとんど輸入禁止措置と変わらないのが現状である。少なくとも、これらの関税をある程度下げ、国際市場との関連性を高めていかなくてはいけない。

 それと同時に農業政策の大幅な見直しも必要である。政府は、将来的に貿易自由化の恩恵を受けられる農業を目指し、そういった姿へと移行するための援助を積極的に行うべきである。具体的には、農地規模の拡大(大規模専業農家・企業の参入)、専業農家に限定した支援、確立されたゾーニングによる農地の確保、輸出産業化などである。

 一方で、現在の農家への戸別所得補償制度は保護対象者の適切なターゲティングができているとは言い難く、財源の有効活用の観点から更なる見直しが必要である。専業・兼業農家の区別なく、そのうえ、農家の所得減が貿易の影響か否かの判断なしに、画一的に補償する「バラマキ」は、真に日本の農業を活性化させる政策とはなり得ない。
 かつて、韓国も日本と同様に、国内農業を保護してきた。しかしながら、韓国政府は「119兆ウォン投融資計画」を掲げて農業政策を見直し、FTA締結に向けて邁進(まいしん)している。この計画は04年から13年までの10年間における農業対策である。農村インフラ整備と、短期的被害補償などの直接支払いに加え、特筆すべき項目は専業農家20万戸育成、営農規模拡大、優秀品種開発、世代交代の促進などである。農業の中・長期的な競争力向上を目標とし、農家の所得を競争力向上によって賄おうとしている。これは韓国政府がFTAなしでは今後の韓国経済の成長は望めないと認識しているからである。

 この政策が成功する保証はない。しかしながら、韓国のこのような大胆な農業政策は国内農家のFTAへの反発を抑える上で一定の役割を果たし、米国など主要国とのFTA早期締結合意に寄与した。これによって韓国企業の米国市場へのアクセスは日本企業よりも有利になり、今後の韓国産業界にとって、明るい材料となっている。

 日本も今後FTAを促進する中で、農業政策の見直しが必要である。農業を保護が必要な脆弱(ぜいじゃく)な産業としてとらえるのではなく、成長産業・輸出産業となり得る産業として認識し、そのための政策を打ち出していくべきである。実際、アジア諸国では、日本の農産物は高品質・安全という評判である。中国においては乳製品へのメラミン混入など食品安全面で問題が発生したために日本からの粉乳の輸出が倍増しており、その他の日本産農産物・食品も高価ながらも堅調な伸びを見せている。この機会をうまく活用し、農業も製造業と共に成長産業として、貿易自由化の恩恵を十分に享受できる産業になるべきである。

 APECが「貿易・投資の自由化」と「成長戦略」の両者を有機的に連関させつつ推進しようとしていることは大いに時宜を得たものである。我が国自身も同様のアプローチを取り、多国間FTAの枠組みである環太平洋戦略的経済パートナーシップ(TPP)への参加など、貿易投資自由化の積極的推進を図らなければならない時期に来ている。このまま内向的政策を続け、徐々にグローバル経済から離脱し、経済力が衰えていくのを容認するのか。それとも今まで以上に世界経済と深く連携し「あまねく広がる成長」の戦略を取るのか。今の選択により日本経済の将来の明暗は分かれるであろう。



<ポイント>
○APEC、真の自由化へ残された課題多い
○自由化推進に「あまねく広がる成長」戦略
○韓国の大胆な農業政策はFTA推進に寄与

1 comment:

  1. 今回『22 策定進むAPEC成長戦略 FTA締結促進の弾みに』のブログをWEBRONZAテーマページにリンクさせていただきました。
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