20/11 年金支給年齢、斎藤・経団連副会長と駒村慶大教授に聞く


創論

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2011/11/20 3:30
 65歳に引き上げる予定の年金の支給開始年齢を将来さらに68歳まで上げるべきか否か――。厚生労働省が年金改革で投げかけた論点が波紋を広げている。高齢者と現役世代の格差に配慮し年齢引き上げに慎重な立場をとる日本経団連の斎藤勝利副会長と、一段の引き上げに向け早めに議論に着手するよう求める慶応義塾大学の駒村康平教授に聞いた。
■斎藤氏「高齢者の受給減額が先」
 ――経団連は年金の支給開始年齢の引き上げに慎重姿勢を示しています。理由を教えてください。
斎藤勝利氏(さいとう・かつとし) 67年一橋大卒、第一生命保険に入社。04年社長、今年6月から会長。経団連副会長・社会保障委員長として政策提言を担う。67歳。
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斎藤勝利氏(さいとう・かつとし) 67年一橋大卒、第一生命保険に入社。04年社長、今年6月から会長。経団連副会長・社会保障委員長として政策提言を担う。67歳。
 「2つの違和感がある。1つは時期。厚生年金の支給開始年齢は65歳まで引き上げることが決まっている。男性の引き上げが始まる2013年に向けて、企業は継続雇用などで努力してきた。さらなる引き上げを打ち出すのは年金不安を助長しかねない」
 「もう1つは政府の姿勢。09年の年金財政検証で、2105年まで持続可能と説明した。なのに今なぜ唐突にこんな大改革なのか」
 ――欧米では67、68歳が支給開始年齢の標準になりつつあります。
 「将来も否定すべきテーマではないが、先にやるべきことが2つある。寿命の伸びに応じ受給者の年金を減らすマクロ経済スライドを04年改革で入れたが、デフレで適用していない。デフレ下でも適用し全世代で負担を分かち合うべきだ。さらに今の年金額は過去に物価下落を反映しなかった時期があり本来水準よりかさ上げされている。このギャップ解消も急ぐべきだ」
 ――支給開始を遅らせても、年金を今もらっている世代に影響しないのが問題ということですか。
 「ある年齢以上は早くから年金を受け取る『逃げ切り』、その年齢より若いとなかなか年金が支給されない『逃げ水』になってしまう。高齢者と若年層との格差がこれ以上広がるのを防ぐためにも、マクロスライドをやる方がいい。厚労省のアンケートでは『(自分の)負担増はやむを得ない』と考える高齢者が68%いた。高齢者自身が現役世代の負担に配慮している」
 ――経済界は過去の支給開始年齢の引き上げでも常に反対してきました。定年延長の議論に直結するから、否定的なのですか。
 「65歳への引き上げに備え、企業は雇用延長などの対応で大わらわだ。高齢者の雇用を延ばして人件費総額が増えれば、若年雇用に間違いなく影響が出る。個別企業に年金と雇用のリンクを委ねるのは難しい」
 ――労働・賃金に関する硬直的な慣行やルールが緩和されれば、年金の議論の前提も変わりますか。
 「過去の判例などから、痛みを分かち合う方向に労働条件を変えるのは今の日本では難しい。法律の手当てをしないと企業は動きようがない。拙速に規制問題を提起するつもりはないが、いずれは避けて通れなくなるかもしれない」
 ――就労か、年金かの二者択一の議論とならないよう自助努力のサポートを経済界が発信すべきでは。
 「高齢者の仕事への考えは多様で、定年など一律に何かを設けるのはなじまない。個人年金や企業年金など自助努力の部分も含め、年金制度全体をどうするか考える余地がある」
■駒村氏「68歳開始、労使も努力を」
 ――支給開始年齢の引き上げに賛成する理由は。
駒村康平氏(こまむら・こうへい) 95年慶大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。07年から現職。社会保障審議会年金部会の委員を務める。47歳。
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駒村康平氏(こまむら・こうへい) 95年慶大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。07年から現職。社会保障審議会年金部会の委員を務める。47歳。
 「年金をもらうまでの雇用問題はあるが、将来は支給開始年齢を上げていい。社会保障・税の一体改革の考え方の柱は働き方に中立、最低保障機能の強化、財政安定化の3つ。支給開始年齢は財政安定化に寄与し、働き方にもかかわる」
 ――04年の年金改革で支給開始年齢は議論しませんでした。今回の引き上げ案は唐突な印象があります。
 「年金というのは生き物だ。04年の年金改革が『100年安心』をうたったとしても、経済や人口構造に合わせて変わらざるを得ない。年金財政を安定させるには、保険料の引き上げ、給付の引き下げ、支給開始年齢の引き上げの3つしかない。04年改革は支給開始年齢以外を選択肢とした」
 「年金財政が想定より悪化しているならば、支給開始年齢の引き上げはどこかでやらざるを得ない。個人の人生設計や企業の人事戦略があるので、早めに議論することは必要だ。今すぐ引き上げよと言っているわけではない」
 ――小宮山洋子厚労相は支給開始年齢引き上げを来年の通常国会に提出しないと明言しました。急いでやる必要はないですか。
 「早めに議論はすべきだが、何が何でも優先順位1位というわけではない。財政安定効果が高いものからやるべきで、消費税率の引き上げと最低保障機能の強化、過剰給付の解消、給付を抑えるマクロ経済スライドデフレ下での発動など他の政策との兼ね合いで決めるべきだろう」
 ――経済界と労働組合は共に反対しています。
 「65歳までの定年延長や雇用継続に労使が難色を示すなか、それを68歳まで上げるのは簡単ではない。ただ、65歳まで上げる仕組みはつくろうとしているのに、本当に68歳までできないのか。日本は労働力人口が減り大変な時代になるのに、労使が自分たちは関係ないというのはあり得ない。工夫と努力で時間をかけてやってほしい」
 ――厚労省が示した引き上げ案では現在の60代は対象外で、50代以下の年金をもらえる時期が遅れます。
 「65歳への引き上げ決定が遅すぎた。本当に逃げ切ったのは、年金を受け取る期間が一番長く、保険料負担が若い世代よりも少ない団塊世代。高所得者の年金減額、消費増税などで世代間格差を解消する必要がある。ただ、3年ごとに1歳の現行の引き上げペースを2年ごとに1歳に早めても財政効果は小さい」
 「退職後、公的年金を受け取るまでの空白期間を企業年金で補うという議論も始めるべきだ。民主党が公的年金の具体的な姿を示していないので、私的年金である企業年金をどう位置付けるかの議論が止まってしまっている」
問われる厚労相の胆力
年金の支給年齢を遅らせる制度改革は難事だ。自民党政権が報酬比例年金の65歳支給を決めたのは、旧厚生省の問題提起から19年後、1999年の制度改革だった。有権者と経済界を相手に、粘り強く渡り合う胆力が担当閣僚に備わっていなければ、なし遂げられるものではない。果たして小宮山厚労相にその覚悟があるのか。スウェーデンは保証年金を除いて加入者みずからが61歳以降で選ぶ。何歳からもらっても平均寿命まで生きれば極端な損得が出ない工夫は、参考になる。(編集委員 大林尚)

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