回復途中の日本経済を直撃している円高、政府は早急に対策を

小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表



 最近、ギリシャ問題や欧州危機のニュースが多く報道されていますが、それに関連して私が懸念しているのが円高の進行です。東京市場でも一時ドルが77円台、ユーロは96円台まで進行しました。ようやく企業業績や国内全体の景気が回復しつつあるのが実感できてきた状況です。この円高にどう対処するかは政府が緊急に解決すべき課題と言えるでしょう。今回は、国内指標を見ながら円高が今後どのように影響してくるのか、考えていきたいと思います。
 生産と在庫から見える“陰り”の気配
 まずは日本経済に大きく影響する製造業を表す指標、「鉱工業指数」を見ながら、現在の国内の状況を見ていきます。「鉱工業指数 生産指数」を見てください。
 「鉱工業指数 生産指数」は、2012年3月は95.6、4月95.8と順調に回復してきています。タイの洪水の影響もなくなり、いいペースで上昇していると言えます。同様のことが「稼働率指数製造工業」を見ても分かります。この指標は2005年を100として現状の設備の稼働状況を表したものですが、2012年2月は91.2、3月は92.4と、90を超える水準を維持しています。
 このように国内経済がなんとか順調に回復しつつある中で、今、一気に円高に転じているのです。
 「円相場」を見てください。円相場の動きと「鉱工業指数 生産指数」を比較すると、連動しているように思えます。2012年6月5日の日経新聞朝刊に、「2013年3月期は対ドルで円高が1円進むと、自動車業界全体で約850億円の損失になる見通しだ」という記事がありました。自動車業界だけでも約850億円もの損失になるわけですから、全産業から考えると、それをはるかに超える損失額になると考えられます。
 欧州危機が小康状態となった3月半ばには、1ドル=83円台、1ユーロ=111円台まで戻していたのです。この円安は日本企業の決算に好影響を与えるはずでした。
気になる在庫率指数の上昇
 しかし、4月以降は再び欧州の金融不安がくすぶり、一時的な資金逃避のために円高傾向に転じたのです。ここで忘れてはならないのは、この円高は日本経済が買われているわけではなく、通貨としての円が買われているだけだということです。日本経済が買われているのであれば、むしろ株価は上昇するはずですからね。このように株価も上がらず、円ばかり買われて、円高が企業を直撃しているという状況は、回復基調にある日本経済に大きなダメージを与えるのではないかと懸念しています。
 そしてもう一つ、気になる点があります。先程、「鉱工業指数 生産指数」は改善してきたと言いましたが、手放しで喜ぶことはできないのです。というのも、「製品在庫率指数」は上昇しているのです。
 この在庫率というのは、出荷に対する在庫の割合です。2012年3月は115.3、4月は122.9(※速報値)と、上昇しつつあることが分かります。「鉱工業指数 出荷(前月比)」を見ますと、こちらも若干伸びているのですが、「製品在庫(前月比)」の増え方が割と幅が大きいのです(前年比の数字は震災の影響によって正確な変化を見ることができないため、ここでは前月比で見ています)。
 この在庫の増え方が、好景気のために消費が増えるのを見越して在庫も増やそうとする“いい増え方”であればいいのですが、消費の方が停滞しているために在庫が積まれてしまう“悪い増え方”である可能性も現時点では否定できません。この状況の中で円高に襲われているということを懸念しなければなりません。
政府は早急に円高対策を
 円高の影響が表れてくるもう一つの要素は「貿易・通関」です。
 輸入に関しては、円高によって輸入物価が下がるといういい側面があります。しかし、輸出の落ち込みを考えれば、貿易赤字が今後も継続する懸念が出てきます。すでに、2012年3月、4月も貿易赤字が続いている状況です。今後も、円高によって貿易赤字が続いてしまうのではないかと思うのです。
 2012年1-3月の名目GDPは、大方の予想通り年率4.1%というプラス成長になりました。しかし、この先は欧州危機の影響も考えられる上に、それに関連して中国経済の減速の懸念も強く、日本経済も減速する可能性があります。さらに、それ以前に円高の影響で直接的に経済が直撃され、再び景気後退に入っていくのではないかと懸念しているのです。
 一部の報道では、政府はすでに外国為替市場に覆面介入しているという話も出ていますが、こういう時には「日本政府は全面的に円高に対抗する」というスタンスをもっと明確に市場に見せた方がいいのではないでしょうか。
 今回のユーロ危機に関して言えば、日本は必要以上に損をしているように感じるのです。この先、ギリシャの問題が深刻化してくると、次は日本の実体経済が悪化してきます。そうした時に円高が進むということになれば、GDPは下がるのに円高が加速するという状況になりかねません。ですから、政府は今のうちに円を円安方向に戻せるだけ戻すことを考えなければならないのです。
ギリシャショックが起こった場合、世界各国の打てる手は少ない
 6月17日のギリシャ再選挙がどのような結果になるのか。結果次第ではユーロ圏や中国、米国だけでなく、日本にも大きな影響が出てくる可能性があります。
 ギリシャがユーロを離脱し、ドラクマに戻る確率はどれくらいあるのか議論している報道を見かけますが、もしそれが現実になれば、世界経済はリーマンショック以上の危機に襲われる可能性があります。
 具体的には、以前もお話ししたように、ギリシャの銀行からお金が逃避しているということもありますし、ギリシャが再びデフォルトに陥る可能性もあるのです。そうなってきますと、ギリシャにお金を貸している周辺諸国の金融機関や、ギリシャ国債を買っている投資家たちにもダメージが及びます。
 2011年10月にギリシャ国債を保有する民間投資家の損失負担を50%にすることが決まりました。つまり、事実上のデフォルトと言っていいでしょう。ただしこれは、ある程度管理されたシナリオに基づくデフォルトでした。この時、ギリシャの借金の半分が棒引きになったわけですが、それでも半分は残っているわけです。
 さらに言えば、中央銀行が持っているギリシャ国債は棒引きになりませんでした。中央銀行というのは「最後の貸し手」ですから、ギリシャ国債の価値下落により、中央銀行の信用が損なわれることを一番恐れていたからです。
秩序のないデフォルトとなる可能性
 ただ、その当時のデフォルトは「秩序あるデフォルト」だったわけです。しかし、もし再びデフォルトになった場合、ある日突然起こる「秩序のないデフォルト」となる可能性が高いわけです。ですから、ギリシャ中央銀行や欧州中央銀行(ECB)、欧州圏内の各国の中央銀行が持っているギリシャ国債がデフォルトしてしまったら、中央銀行自体の信用が揺らぎかねません。最後の貸し手(Lender of last resort)としての役割を一部の国の中央銀行が果たさなくなる可能性もあるのです。
 その国がギリシャだけでなく、今、非常に経済が弱体化しているスペインだとしたら、世界中が大変なことになってしまう可能性があるわけです。
 いずれにしても、そうなったら世界はリーマンショック以上の危機が走る可能性があります。そうなれば、経済が持ち直しつつある日本が大きくダメージを受けてしまうことは避けられません。
 ただ、その時に日銀はほとんど手を打つことはできません。「コールレート翌日物」を見てください。
 これはいわゆる政策金利です。ほぼゼロに張り付いていて、すでに実質ゼロ金利となっているのです。ですから、これ以上金利を下げることはできません。
追加緩和策の効果は期待できない
 「マネタリーベース」も、昨年の震災で大量に増やしました。「マネタリーベース」というのは、現金通貨(流通している貨幣)と日銀当座預金残高(金融機関が日銀に預けている資金の残高)の合計です。中央銀行、つまり日銀がマネタリーベースを増やすと、乗数効果が働きマネーサプライを何倍かに増やす効果があると言われています。日銀は、マネタリーベースを増減することによって、世の中に出回っているお金の量をコントロールしているのです。景気を良くしたいときにはマネタリーベースを増やすわけです。
 昨年の震災以降、日銀はマネタリーベースを増やし続けていました。日銀当座預金残高は、現時点(※2012年6月5日)で約30兆5200億円になっています。これ以上、マネタリーベースを増やすことは難しいでしょう。
 また、市場は追加緩和策が出るかどうかに注目していますが、それが出たところでそれほど大きな効果が出るとは到底思えません。国債の買い取り額を増やすとかETFを買う枠を増やすという意見もありますが、おそらくどれも市場に大きな効果は出ないと思われます。ましてや危機時にはどれほどの効果が出るか疑問です。
 いずれにしても、現時点ですでに金融政策はすでに出尽くしているわけです。ここにリーマンショック以上の危機が来てしまったら、日本経済大きなダメージを受ける可能性があります。日本経済だけではなく、世界経済も非常に大きな影響は避けられないでしょう。
ユーロ離脱は回避してほしい
 そういう意味でも、是が非でもギリシャには6月17日の再選挙で緊縮派に勝利してもらい、ユーロ離脱を回避してほしいと心から願います。しかし、ギリシャの国民が何を願うかというのは分かりませんし、欧州各地の選挙で財政緊縮派が負けていますから、どんな結果が出るかは分かりません。
 いずれにしても、ギリシャの財政緊縮派が敗北してしまったら、ギリシャ危機を救う要であるドイツはギリシャを救うでしょうか。さらに、輸出産業が強いドイツ自身は現在ユーロ安の恩恵を受けているのですが、ドイツも緊縮財政をやめようという流れになりますと、話が本当にややこしくなります。いずれにしても、大変な危機に直面していることには変わりありません。
 次回は、欧州危機に関連して中国や米国の指標を見ていきます。欧州だけでなく、中国や米国もあまりいい状態ではありません。このままでは、牽引役のいない不況がやってくる可能性があるのです。
(つづく)
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小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表。十数社の非常勤取締役や監査役も務める。1957年、大阪府堺市生まれ。81年京都大学法学部卒業。東京銀行に入行。84年から2年間、米国ダートマス大学エイモスタック経営大学院に留学。MBA取得。主な著書に、『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』(以上、ディスカバー21)、『日経新聞の「本当の読み方」がわかる本』、『日経新聞の数字がわかる本』(日経BP社)他多数。最新刊『ハニカム式 日経新聞1週間ワークブック』』(日経BP社)――絶賛発売中!
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