編集委員 渋谷高弘
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- 2011/11/10 16:24
過去の企業買収に支払った多額の報酬や買収資金を巡り混乱が続くオリンパスは8日、問題の資金は過去の証券投資の損失穴埋めに使われていたと発表した。同社の不祥事は、損失隠しにかかわったとされる菊川剛・前会長兼社長らの法的責任が疑われる局面を迎えたが、社外役員が適切な経営監視を果たしていたかも今後の焦点だ。社外取締役の独立性が弱い日本の上場企業全体の経営監視の在り方に広げて考えてみたい。
オリンパスは10月14日、マイケル・ウッドフォード社長(当時)を「独断専行があった」などとして解任し、菊川会長が社長を兼務すると発表した。ところがウッドフォード氏が外国報道機関に「解任の原因は私が過去の買収について過大な支出があると指摘したこと」などと語ったため、会社側主張との食い違いが表面化。その後も会社側から、2008年の英医療機器メーカー買収時に助言会社に払った総額6億8700万ドルの報酬や、06年から08年にかけて実施した国内3社の買収総額734億円に関して説得力ある説明はされず、同26日には菊川会長兼社長が辞任。弁護士らで構成する第三者委員会による調査が進んでいた。 オリンパスの高山修一社長が8日の会見で明らかにしたところによると、(1)損失隠しにかかわっていたのは菊川氏、副社長の森久志氏、常勤監査役の山田秀雄氏の3人、(2)損失隠しは1990年代から始まっていた、(3)長年の損失隠しを見抜けなかったのは、(取締役として)異常な数値を感じるなどの能力が足りなかったため――などとしている。しかし損失隠しに直接かかわっていたのが菊川氏ら3人だったとしても、他の取締役、監査役も法的な責任(民法、会社法による善管注意義務違反)を問われる可能性は高い。
善管注意義務とは、委任を受けた人が専門家、その道のプロとして平均的な注意を尽くす必要があるということ。取締役は会社から委任を受けて他の取締役の職務執行を監督する義務があり、監査役も同じく取締役の意思決定の監査をするなどの義務がある。高山社長は会見で「(取締役としての)能力が足りなかった」としたが、今回のケースはウッドフォード氏が社長を解任される前に異常な買収対価に疑問を提起しており、「気が付かなかった」との言い訳は通用しないだろう。
東京証券取引所の「コーポレート・ガバナンス白書 2011」によると、東証上場企業には平均して1社当たり0・91人の社外取締役しかいない。一方、オリンパスは平均的企業より多い3人の社外取締役を受け入れている。企業統治に関するコンサルティング会社、プロネッド(東京・港)の酒井功社長は「外形的にはオリンパスは企業統治の優良会社だった。海外現地法人の経営者だったウッドフォード氏を社長に据えた経営陣は日本企業としては多様性があり、望ましい統治体制だった」と話す。「ただし、社外取締役の独立性には疑問符が付くが」と付け加える。
日本で社外取締役の条件は、現在、過去に当該会社の役員や従業員になったことがない(会社法2条)だけ、と緩い。親会社の役員・従業員や、当該会社と取引がある者など、いわゆる利害関係者でも社外取締役になることができる。現状で企業が社外取締役を選ぶ際は、自社の会長や社長が懇意にしている人物を選ぶのが一般的だ。「このように選ばれた社外取締役の意識は社内取締役と変わらず、会長や社長をみて取締役会に加わることになる。今回のオリンパスのようにトップ絡みの問題が生じた時、外部の視点で疑問を投げかけることは難しい」(酒井氏) このままでは企業統治の向上は望めないとみて、各証取は2010年から上場規則により、経営陣と利害関係のない「独立役員」の起用を上場企業に義務付けた。上場会社は自社の社外取締役や社外監査役の中から、(1)親会社や主要取引先の役員・従業員でない(2)多額の報酬を受け取るといった経営陣のコントロールを受け得る者でない――などの条件を満たす者を最低1人独立役員に指名し、上場取引所に届け出る仕組みだ。オリンパスには社外取締役が3人、社外監査役が2人いるが、独立役員に指名しているのは社外監査役1人だけだ。
日本の上場企業全体でも独立役員に指名された社外取締役(「独立取締役」と呼ぶ)は少ない。プロネッドが東証上場2272社を対象に調査した「2011年 社外取締役・社外監査役白書」によると、独立取締役が1人もいない会社が7割を占める。独立取締役を起用している残りの会社も多く(全体の19%)は1人だけで、複数の独立取締役を起用する企業は全体の1割にすぎない。一方、独立役員に指名された社外監査役(「独立監査役」と呼ぶ)は多く、東証上場企業の92%が独立監査役を1人以上起用している。ただ、独立監査役だと取締役会に出席できても議決権がなく、経営監視の圧力は独立取締役に及ばない。日本企業は社外取締役の設置を義務付けられておらず、意図的に独立性の高い社外取締役の起用を避けているのではないかという疑問符も付く。
さらに酒井氏は「上場企業に社外取締役・社外監査役の“指定席化”の傾向がある」と指摘する。前出の「白書」によれば、2010年7月~11年6月の株主総会で新たに選任された社外取締役・社外監査役1448人中、約4割(578人)が同一企業出身の前任者との入れ替わりだったという。このうち独立役員に指名されていない「非独立取締役」「非独立監査役」に限れば52.8%が同一企業出身の前任者との入れ替わりだったという。「長年、同一企業から社外取締役や社外監査役を受け入れていると、経営陣との癒着が発生する懸念は高い」(酒井氏)
ちなみに米国や英国では、取引所ルールなどによって上場企業に複数の独立取締役を起用するよう義務付けている。また、独立取締役の人選に当たっては第三者のコンサルティング会社などに依頼し、自社の経営陣と個人的関係のない人物を独立取締役候補としてリストアップしてもらい、会社側が総合判断して起用する形が一般的という。オリンパスの不祥事は世界のメディアで大々的に報じられている。「日本の企業統治には問題がある」との印象を欧米の投資家らに強く植え付けたのは間違いない。
オリンパス問題を機に、日本企業全体の企業統治のあり方を真剣に再考すべき時だ。個別の企業や経営者の倫理問題に議論をとどめず、日本でも上場企業には独立性の高い社外取締役を複数起用するよう法令などで義務付けることを検討する必要がある。「企業統治は形ではない」「形だけ整えてもダメ」として、日本の経営者の間には社外取締役の義務付けに反対する声も多い。しかし「形すら整えない」現状では、国内外の投資家をはじめとするステークホルダー(利害関係者)の理解は得られないだろう。
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