17/10 TPPと日韓EPA、攻めの政権への試金石に


グローバルOutlook 編集委員・滝田洋一

(1/2ページ)
2011/10/17 7:00
 リスク・オフからリスク・オンへ。欧州金融安定基金(EFSF)の拡充策がユーロ参加国の議会承認を得たのを機に、金融・株式市場の雰囲気はいくぶん和らいできた。
 欧州に集中していた関心も、少し別の分野に広がりそうだ。政治の世界では、日本の環太平洋経済連携協定(TPP)への参加が、大きなテーマとして浮上している。
画像の拡大
 折しも13日の米韓首脳会談とタイミングを合わせて、米議会が韓国との自由貿易協定(FTA)の実施法案を可決した。米韓FTAは来年1月にも発効の見通し。米国とFTAを結ぶ韓国に後れをとらないためには、日本もTPPへの参加を表明せざるを得ない。
 産業競争力という点で、みずほコーポレート銀行産業調査部が試算した。日韓の自動車メーカーが国内生産分をすべて対米輸出に充てるという、やや極端な仮定を置いた場合、両国の競争力の格差は表をみるように明らかだ。
 目下のところ、日韓の収益力を分けているのは円高・ウォン安という為替相場。加えて米韓FTAの発効後は、韓国車の対米輸出関税がゼロになる。FTAは貿易取引で象徴的な意味を持つだけに、米国や欧州で激しい競争を繰り広げる日本メーカーにとって、ラクダの背中の最後のわらしべともなりかねない。
 「自動車生産の海外移管は避けられない。コスト抑制のために部品の半分は海外拠点からの輸入でまかなわざるを得ない」。大手自動車メーカーのトップはそんな感想をもらす。
 日産・ルノーグループを例にとると、ルノー・サムスン釜山工場の輸出実績は年間11万2000台。安価で高品質な部品は、日産の九州工場で積極活用している。
 TPP参加表明は、11月12~13日にホノルルで開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が大きなヤマ場。野田佳彦首相の決断に関心が集中している。農業改革の基本方針を打ち出しつつ、前へ進む以外の道はあるまい。
 TPPと並んで重要なのが、中断している日韓経済連携協定(EPA)の交渉再開である。日本はEPAと呼んでいるが、要するにFTAの一種だ。10月18~19日に野田首相が訪韓する際に、日韓首脳会談の議題に上るだろう。
 「2012年は韓国で大統領選があるだけに、日韓EPA交渉は年内に再開しておくことが是非必要」との判断は、政府内にもある。かつてない親日派とされる大統領がいるうちに、日韓の土台を確かにしておくことは、過去100年の日韓のわだかまりを清算する上で不可欠――。そんな判断も働いている。
 日韓貿易は全体としてみれば素材などの輸出で日本が黒字なので、普通に考えればEPAは日本側にメリットがある。難関はここでも農産物の市場開放だ。日韓交渉が中断したのもこれが原因だが、「攻めの農業」の構築は日本にとっても待ったなし。所得水準向上の著しい韓国は高品質な日本の野菜、果物など食品の有望輸出先との指摘も多い。
 農業以外の様々なTPP反対論に対しては、経済官庁の元幹部が作ったQ&Aはひとつの参考になろう。経済界が正しい危機感を示し、首相が決断し、政権として行動に移せるか。攻めの政権に向けた試金石となる。
Q1.基準緩和の強制等で、安全でない食品が輸入されるのではないか。
A.
・「動植物検疫」に関して交渉されているのは、主に手続の迅速化や透明性の向上であり、食品安全基準の緩和、遺伝子組換え食品、表示ルールは議論されていない。
・ TPPでは、安全な食品の輸入を自由化するということであって、安全基準を引き下げるような交渉はしていない。
・輸入肉用牛の月齢制限緩和は、TPP交渉の中では議論されていない。この問題は引き続き、TPPに関わらず、米国との二国間問題として、科学的根拠に基づき議論。
Q2.政府調達で、地方の都道府県道や市町村道の工事を外国企業に取られるのではないか。
A.
・TPPの原型であるP4協定では、地方政府の調達問題を対象としておらず、中央政府・関係機関のみ開放。
・地方自治体については、既に日本の方が開放対象が広い。
-日本は、全都道府県・政令指定市を開放
-米国は、50州中37州のみ開放
・なお、外国企業が日本に参入しても、外国の単純労働者を雇えるわけではない。
Q3.日本の医療制度が崩壊するのではないか。
(健康保険制度の抜本的改革、混合診療の推進などを強いられるのではないか)。
A.
・これまでのFTA/EPAで、「健康保険制度」は交渉対象外。 TPPでも議論されていない。
・混合診療の解禁は議論されていない。解禁するかどうかは、日本国内の医療政策の問題。
・豪州・NZが採用する公的薬価制度がTPPで議論されているとの報道があるが、両国とも制度変更には合意していない。
(参考)グローサーNZ貿易相 6月14日講演:「我々はいかなる貿易交渉においても、我々の保険制度を交渉する気はない」
Q4.環境に関する国内規制や制度が非関税障壁として否定されるのではないか。
A.
・「環境」に関する議論の狙いは、高いレベルの環境保護。
・米国の労組は、途上国の規制が緩いことを問題視。
・日本の環境規制が否定されることはない。
Q5.単純労働者が大量に流入するのではないか。
A.
・これまでのFTA/EPAで、単純労働者が自由化対象になったことはなく、TPPでも議論されていない。
・米国等の先進国も、単純労働者の自由化には反対。
Q6.外国人専門家が大量に流入するのではないか。
A.
・「商用関係者の移動」では、外国人出張者の一定日数の滞在許可等を議論。
・日本の資格のない外国人専門家が、日本で自由に活動できるようになるようなことはない。
・仮に、専門職資格の相互承認(※)が交渉されても、各資格の性格を踏まえ、国策に照らして日本の立場で判断するものであって、TPPで無理強いされるものではない。
(※)A国で資格を取ればB国でも仕事ができる
(看護師・介護士候補者): 二国間EPA交渉に基づく日本独自の制度。
(医師): TPP交渉では医師資格の相互承認は議論していない。先進国と途上国が参加する交渉では、議論は困難。
(弁護士): 日本は、外国法事務サービスを開放済み。TPP交渉国では開放度に違いがあり、これ以上の開放は見込まれない。

    No comments:

    Post a Comment