竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方: 総集編~あの作り方は今 2009年は「古いしがらみ」を捨てる勇気を持とう!


上田 経済激変の年だった2008年もいよいよ年の瀬ですが、実は4月からスタートした「ニッポンの作り方」も、今回が最終回になります。今まで応援してくださった視聴者の皆様、どうもありがとうございました。
 そこで、今回は「最終回スペシャル」として、これまでの数ある「作り方」のなかで最も印象深かったテーマを振り返ってみましょう。竹中さんと番組に出るのもこれが最後になるかと思うと、とても残念です。
竹中 そうですね。でも、上田さんのおかげですごく充実した番組になったと思います。どうもありがとうございました。
上田 番組では、世界経済からプロ野球まで多岐に渡るテーマを取り上げました。今年は年後半に、「100年に1度の危機」が到来しましたが、これはさすがに竹中さんも想定外だったのでは?
竹中 想像を超える大変なことが、世界中で起きています。リーマン・ブラザーズが倒産するなど、当初は誰も予測できなかった。日本にとっては、政治も経済も悪い年でした。2009年は、何とかしないといけないですね。

キャピタルクランチに陥る金融機関に
「日本郵政」の資金を投資せよ!?

上田 それでは早速、過去の印象深いエピソードを振り返ってみましょう。まずは、4月20日放送の第3回、経済危機の発火点ともなった「サブプライム危機の真実」です。
竹中 このとき私は、「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」と提言しました。金融危機のアメリカで今起きているのは、「キャピタル・クランチ」です。これは、金融機関が不良債権を抱えて損失を出し、資本金が毀損されて不足する事態に陥ること。
 そんなアメリカの金融機関に出資してくれる候補として、政府系金融機関「SWF」(ソブリン・ウェルス・ファンド)は重要な存在です。
 しかし、政府のおカネを受け入れれば、ある国が政治的な意図を持ってアメリカの金融機関を乗っ取るという怖れもある。そこで振り返ってみると、実は日本にもとんでもないソブリン・ウェルス・ファンドがかつてありました。
 それは「日本郵政」。世界に類を見ない300兆円もの資金を持っています。しかもこれはもう民営化されているので、アメリカから見れば「安心して受け入れられるおカネ」なんです。アメリカの金融機関に出資すれば、日本にとっても色々なノウハウを受け入れられるメリットがある。だから、民営化された郵政は、アメリカに投資したほうがよいのです。
上田 しかし、もしあのとき日本郵政がアメリカに出資していたとしたら、その後の株価の暴落で大きなダメージを被っていたのでは?
竹中 現在は民間や外国のおカネだけではにっちもさっちもいかないほどのキャピタルクランチが起きています。もはや政府が公的資金を注入する以外に救済の方法はなくなった。日本郵政があの時もし出資していれば、資本を大きく毀損された可能性は確かにあります。
 
 しかし、資本注入はあくまでも「一時しのぎ」の対策。長期的に見れば、やはり今後も日本郵政による出資は継続して考えて行くべきでしょう。
上田 なるほど。でも国民は「大丈夫なのか」と心配しませんか?
竹中 そこはもう、経営者の判断次第でしょう。逆に言えば、金融危機の前に郵政は出資をしなかったので、経営判断は正しかったことになる。だから市場の「底値」をちゃんと見極めて、よいタイミングで、相手にも感謝される方向で出資をすればよいでしょう。
 欧米への金融機関への出資は、郵政ばかりでなく、日本の証券会社、保険会社、銀行など全ての金融機関についても言えることです。
上田 諸外国の政府系ファンドは、現在も活発に活動しているんですか?
竹中 そうですね。金融危機の影響で一部運用損が出ているとはいえ、今でも産油国にはおカネが集まっているので、それを何らかの形で運用しなくてはならない。このような状況下、投資状況を慎重に判断することは重要ですが、「投資熱」そのものは変わっていません。
上田 では、来年以降、アメリカ経済は回復基調に乗るんでしょうか?
竹中 公的資金注入によって金融危機は収まり始めても、その一方で経済が悪化しています。来年は先進諸国がゼロ成長かマイナス成長に陥ると見られており、特に前半はとても厳しい状況になると予測されます。
上田 わかりました。では、続いて9月14日放送の第23回「緊急経済対策は誰のため!?」について、振り返ってみましょう。
竹中 福田総理の最後の置き土産である「総合経済対策」(安心実現のための緊急総合対策)の骨子には、特徴が2つありました。
 まず、対策の正式名称に「経済対策」という言葉が入っていない。これはあえて言えば、国民の方を向いた政策ではなく、「政治家の安心のための緊急選挙対策」に過ぎないことの象徴です。
よくおカネの「バラまき」と言われますが、大問題は、財政のバラまきと、本来財政政策でやる必要がないことを財政を使ってやろうとすること。政府は本当に必要な構造改革をやらないで、「財政のバラまき」だけでごまかしているようにしか思えませんね。

実は政治家のための「総合経済対策」
バラまき体質は、ここに極まれり!

竹中 この骨子には「定額減税」が盛り込まれていますが、これは「国民全員に均等に同じ税金を返す」ということです。私には、それが本当に効果があることには思えません。
 実は1990年代後半に、景気対策として「地域振興券」という一種の商品券が配られたことがありますが、いくつかの実証によると、ほとんど効果がなかったようです。やはり、おカネをもらっても、将来に不安があったら人は使いませんよ。構造改革もやらずにおカネだけ渡しても、こういう問題が出てくるんです。
 そこで、「重要なのは栄養ドリンクより筋トレだ」と言いました。栄養ドリンクはおカネが回るようにするための財政政策、筋トレとは、構造改革をやって日本経済そのものを強くすることです。将来の期待成長率が高まるようにしないと、90年代の二の舞になってしまいます。
上田 なるほど。一時しのぎではダメで、経済に「自力」をつける必要があるんですね。
竹中 その通り。いくら景気が悪いと言っても、手を差し伸べ過ぎると、日本経済はどんどん弱くなってしまいかねませんから。
竹中 あの時点では、麻生首相はまだ決まっていませんでしたが、財政派の政治家も増税派の政治家も、実は根本は同じです。だいたいの場合、財政を拡大した後で増税する人が多いですから。今後も、本当にこんなやり方で日本はやっていけるのか。それを判断するのは、結局国民なんです。
上田 しかし、その後麻生内閣が誕生し、本当にもう「バラまき」の方向へ進んでいますよね。
竹中 今日本に必要なことは、本来日本が持っている強さを発揮すること。それには「構造改革」が不可欠であり、よく批判される格差の拡大や地方の疲弊などは、実は全然関係ないんです。
 しかし、その関係ないことを持ち出して、政治的な意図でネガティブキャンペーンを行なう人たちがたくさんいるのが現状なんです。こんな状況を見たら、外国人は「日本はいったい何をやっているのか」と思いますよ。

いつの間にか減税から給付へと様変わり
麻生内閣の「景気対策」に効果はあるか?

上田 確かに、格差が社会問題化している今、構造改革を行ないにくい状況になっています。しかし、やはり「構造改革は必要」だと?
竹中 もし改革をしないと、格差はもっと広がると思いますよ。今やグローバル化やデジタル革命などでフロンティアが拡大している世の中です。それに伴い、改革が行なわれなくなった後も、高所得層と低所得層との格差が世界中で拡大し続けています。
 本当は構造改革が格差の解消につながるのに、その入り口のところで少しばかり格差が拡大したら、さも改革が悪かったように議論されてしまった。その一方、選挙対策などを目的とする「バラまき」が行なわれました。
上田 今話題になっている「定額給付金」もその1つですね。
竹中 これ、最初は「減税」と言っていたのに、いったいいつから「給付金」に変わったんでしょうね? 政府からは何の説明もありません。そもそも減税は税金をたくさん払っている人に対する軽減措置、給付金の対象はすべての国民です。もう、根本的に違う政策になっていますよね。以前は効果がないと思われていたものが、今度は「効果がある」と政策に盛り込まれても、いったいどんな効果があるのか、さっぱりわかりません。
上田 その通りですね。さて、それでは次のテーマに行きましょうか。今度は6月22日放送の第11回「次のニッポンのリーダーは誰だ!?」です。このテーマの放送は、すごく大きな反響を呼びましたね。
 このときは、「次の日本のリーダーにふさわしいのは誰か?」ということで街頭インタビューをしましたが、3位は小沢一郎さん、2位が麻生太郎さん、そして1位がなんと小泉純一郎さんでした。やはり小泉さん人気は根強いですね。彼はどんなリーダーだったんですか?
竹中 部下としては最高に仕えやすい上司でした。その理由は、「指示が明快で、なおかつ絶対にブレない」ということ。やはりリーダーは物事に動じ過ぎたらダメなんです。
 このときの放送で、私は「バルコニーに駆け上がれ」と提言しました。これはリーダーシップ論で有名なハーバード大学ケネディスクールのハイフェッツ教授が述べた意見なんです。
 たとえば、上田さんがダンスホールで踊っているとします。ホールのバンドも照明の感じもすごくよく見える。しかし、ひとたびバルコニーに上がってみると、また違う状況が見えて来ます。つまり、「バルコニーで全体を俯瞰してからフロアに戻って体制を立て直せ」という教訓なんです。
 その場にいる当事者は、やはり目の前のことしか見えません。リーダーの素質は、それを俯瞰して見れるかどうかによって決まるんです。

リーダーの資質は「俯瞰できる目」
根強い人気の小泉元首相がトップに

竹中 そのよい例が、小泉さん。彼は、人が何かを説明しているときに、メモを取らずにじっと腕組みをして聞いているだけなんです。無駄な部分を全部切り捨てて重要な話だけ聞いている。そして、腹に落ちたことだけを言葉にするから、発言のインパクトが強いんです。
上田 それでは、現在の麻生首相はどうでしょうか? 私には、どう見てもバルコニーに駆け上がっているように見えませんが…。
竹中 そもそも、バルコニーからちゃんと見ていれば、「定額給付金」のような発想は出てこないでしょう。
竹中 今、私たちが置かれている状況は大変重大で、まさに世界が金融の秩序を見直そうとしている過程にあります。日本はサブプライムで直接影響を受けているわけではないですが、株価の下落はアメリカよりもひどい。それをどう説明するのか。やはり、今後バルコニーからその対応策を考えられるリーダーをいかに選べるかが、重要ですね。
上田 では一方で、ランキング3位の小沢一郎さんはどうでしょうか?
竹中 小沢さんは、政策について最近ほとんど発言していないように見えます。小沢さんも今回政権をとれるチャンスがありそうな状況なので、選挙に勝つことを前面に押し出していますが、いつまでもそれだけではダメでしょう。今後日本経済をどうして行けばよいのか、与党も野党も早く本格的な政策論争をして欲しいですね。

2009年に向け、これが最後の「作り方」
国民は古いしがらみを捨てる覚悟を!

上田 なるほど。日本の次期リーダーにも、長いスパンで状況を俯瞰できるような人になって欲しいですね。
 それでは締めくくりとして、2009年はいったいどんな年になるのか、また日本は経済再生のために何をして行けばいいのかを、竹中さんにうかがいましょう!
竹中 私は、最後に声を大にして言いたい。国民1人1人に「捨てる覚悟」を持って欲しいと思うんです。日本もアメリカも、皆色々なしがらみの中で行き詰まり、改革ができなくなっています。そして、そのような状況が我慢できない「臨界点」にまで達しています。世界経済がどんどん悪くなって行くなか、ピンチをチャンスに変える最大のポイントは、「今までの既得権益や古い利害を捨てる覚悟」に他なりません。
 もしかしたら、自民党も民主党も、これまでの支持団体を捨てて、新たな政党へ生まれ変わる覚悟が必要かもしれません。ともすれば、政治家は党を捨てる覚悟も必要でしょう。自分が生まれ変わるためには、何かを捨てて対応していかなくてはならないんです。
 しかし、それはまさにピンチをチャンスに変えること。まだ余力があるうちにこれをやれば、日本は間違いなく生まれ変われます。もう小手先のことではなく、自ら抜本的に進路を切り開いて行くという覚悟が求められている。2009年は、そういう1年になることでしょう。
上田 なるほど。その「捨てる覚悟」によって、得る選択肢も増えそうですね。
竹中 実は、中国のことわざに、「よい果物を作ろうと思ったら、できるだけ削れ」というものがあります。そうすれば、栄養分がそこに集まっておいしくなるから。これは「選択と集中」に通じる理にかなった考え方、まさに捨てる覚悟なんです。
上田 よくわかりました。竹中さんにはこの半年、すごく強勉強させてもらいました。機会があれば、また色々とお話をうかがいたいです。どうもありがとうございました。
竹中 こちらこそ、どうもありがとうございました。今度ぜひ一度お食事やカラオケでもご一緒に。「作り方」の続きは、またカラオケボックスあたりでやりましょう(笑)。

※この記事は、BS朝日・朝日ニュースターで放送の『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』最終回(12/21他 オンエア)の一部を、ウェブ向けに再構成したものです。
『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』
経済学者・竹中平蔵と、くりぃむしちゅーの上田晋也が、楽しくわかりやすく日本の経済を解説する知的エンターテインメント番組。
最終回「総集編~あの作り方は今」放送時間 BS朝日 12/21(日)夜8時~、12/28(日)午前11時30分~
朝日ニュースター 12/26(金)夜10時~、12/28(日)夜10時30分~、1/1(木)朝5時30分~
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竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方: 次世代大国インドの秘密 インドとのビジネスには“パートナーシップ”が不可欠!





上田 突然ですが、世界で一番人口が多い国はどこでしょう? 多くの人が「中国」と答えると思いますが、近い将来、それが他の国に入れ替わっている可能性もあるんです。その国とは、ズバリ、インド。今回はそのインドについて考えてみましょう。
人口推計のグラフを見ると、現在は中国がインドを上回っていますが、2025年頃にはインドの人口が中国を抜くと予想されています。これは「一人っ子政策」の影響で、中国の人口増加カーブが鈍化するから。それに対してインドは、なんと人口の半分が15歳~44歳、平均年齢が26歳と、国民がすごく若いので、人口がどんどん増えて行く傾向にあります。
竹中さんは、インドについて、どのような感想をお持ちですか?
竹中 インドのエネルギーには、訪れる度に驚かされますね。中国の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子供の数)は、現在だいたい1.8程度。2.1を下回ると人口減小が始まっていると言われます。それに対して、インドは出生率が3くらいある。これは、ものすごいエネルギーですよ。
上田 なるほど。それではインドとはどのような国なのか、おさらいしてみましょう。
インドの代表的な指標を見ると、国土は世界第7位、人口は世界第2位、GDP(国内総生産)は日本の約4分の1に当たる1兆661億ドル、1人当たりGDPは日本の36分の1に当たる941ドルとなっています。GDPを見れば日本に比べてまだだいぶ差がありますが、IT産業の伸びが著しく、IT関連の売上高は96年からの10年間で、10倍に増えていますね。

そのきっかけは、世界中のコンピュータが一斉に誤作動を起こすという「2000年問題」が不安視されていた時期に、先進国の金融プログラムの修正作業において、優秀なインド人技術者が活用されたこと。
しかし、インドにはまだ「カースト制度」の名残りがあるとも聞きます。さらなる経済発展を妨げるような要因は多いんでしょうか?
竹中 確かにカースト制度は職業選択の自由を阻んだりすることも一部にはありますが、ITは新しい産業なので、この影響を受けません。逆に言えば、それが成長の礎になったとも言えます。

竹中 インド人は労働コストが安くて英語が堪能、それにインドは地理的にも欧米の時間帯の中間にあるなど、先進国の企業にとってビジネス上のメリットが多かったことも、成長の背景にありますね。
たとえば、英語が堪能なオペレーターが重宝され、アメリカ企業のコールセンターは、今やほとんどインドへ移っています。時差があるから、アメリカのシリコンバレーでプログラム開発をしている技術者が休む時間にインドの技術者がそれを引き継ぐという、双方のバトンタッチで24時間プログラム開発ができることも、IT企業にとって大きなメリットでした。現在では、30社にも及ぶ欧米の金融機関もインドに拠点を設けています。

安い人件費、英語力、地の利が魅力
先進国がインドへ続々進出する理由

上田 そうなんですか。それほど重要な国とは知りませんでした。
竹中 高学歴で優秀なインドのエリートたちは、海外でも活躍しています。たとえば、世界に2000万人いる印僑(在外インド人)のうち200万人がアメリカで仕事をしており、その7割~8割が大学出身者です。「株式市場におけるIPO(新規上場)のかなりの部分がインド人によるもの」とも言われています。
上田 なるほど、国としての底力を感じますね。それでは、日本とインドの経済関係はどうなっているのか? インドにとって、日本は第10番目の貿易相手国です。
しかし、インドとの貿易額は、アメリカやASEAN(東南アジア諸国連合)が飛躍的に伸びているのに対して、日本はあまり伸びていません。日本はアジア1位、インドはアジア3位の経済大国ですが、経済交流はあまり進んでいない気がします。
竹中 確かにそうですね。ただ、日本とインドは歴史的に深いつながりがあり、インド首脳陣は日本に対してとても好意的です。にもかかわらず、貿易があまり活発化していない背景には、インド経済の特殊な成り立ちが関係しています。
上田 それはどんなことですか?
竹中 従来の日本が新興国とやってきたような、モノやサービスを輸出入するという経済交流だけでなく、グローバル・パートナーとしての関係を強化しないと、インドにおけるビジネスは成功しにくい。両国の経済交流には、「新しいビジョン」が必要なんです。

竹中 そこで今回は、「雁から蛙へ」というキーワードをぜひ強調したいと思います。
上田 「雁(がん)から蛙(かえる)へ」ですか・・・。 どういうことですか?
竹中 普通の国は、おおむね軽工業、重化学工業、サービス産業、金融・情報産業という順序で経済が発展して行きます。事実、これまでのアジアの経済発展は、韓国や中国、ベトナムなどがこのような発展段階を経ながら、先頭を飛ぶ日本を追いかけるという、いわば「雁行形態」でした。
ところが、インドだけは違った。彼らは重化学工業やサービス業をすっ飛ばして、いきなり最先端のIT産業に飛び込んで成功したんです。これは「蛙跳び」(リープ・フロッグ)型の発展ですね。

「蛙跳び」で発展したインドと
つき合うにはビジョンが必要!

竹中 つまり、高度な産業でいきなりアジアの大国にのし上がったインドと深く付き合うには、それだけ高度なノウハウやパートナーシップが必要になるということ。かつて発展途上国だった韓国や中国との付き合い方とは、根本的に違うんです。この「雁から蛙へ」というキーワードを、日本の関係者は肝に銘じるべきです。
上田 なるほど。それでは、日本とインドが交流を深めるためには、どうしたらいいのでしょう? 
竹中 第1に重要なのは、「トップ同士の交流」です。
たとえば、日本と中国のケースなら、首脳会談が実現しなかった時代でも、民間企業による交易を通じて貿易額がどんどん伸びました。しかし、インドの場合は、まずトップ同士が「何を目指すか」に合意して、具体的なプロジェクトへ進まないと、うまく行かないでしょう。
第2に重要なのは、「知的交流」。企業のトップ同士、政治家のアドバイザー同士など、エリート層との付き合いは重要です。そのためには留学生や研究者の交流・交換が重要ですが、日本とインドのあいだには、その土台がいまだにほとんどありません。
インドはまだまだ国民の平均所得が低く、治安が悪い地域も多いため、日本のエリートが留学して現地に住むには不安が多い。でも、それを克服してでも知的交流をする意味は大きいですね。
そして第3に「巨大プロジェクトへの参入」です。実はインドはとても誇り高い国で、今まであまり海外から援助を受けて来ませんでした。イギリスによる長い「植民地時代」の記憶があるため、援助を「支配」と考えてしまう風潮が強いからでしょう。
しかし現在インドは、首都のニューデリーとムンバイを結ぶ1500キロもの「大鉄道プロジェクト」に着手しています。このようなプロジェクトをきっかけに、今後日本は技術力をどんどん提供して行くべきです。
上田 インドとの付き合い方は難しいんですね。ところで、インドのトップにはどんな方々がいるんですか?
竹中 世界で最も有名な経済雑誌『フォーブス』が毎年発表している「世界の億万長者ランキング」を見ると、インド人のすごさがわかりますよ。2008年版のランキングには、世界的な投資家・ウォーレン・バフェット氏やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏と肩を並べて、インド人富豪が4人もランクインしています。

ミタル、タタ、インフォシス・・・
世界を凌駕するインド財閥の実力!

竹中 インドを代表する「4大財閥」について説明しましょう。
まず何と言っても有名なのが、世界最大の鉄鋼会社、アルセロール・ミタルです。これは、日本のトップ金属メーカーである新日本製鐵、JFEホールディングス、住友金属の時価総額を足し合わせても、到底及ばないほどの規模です。ミタル創業者のラクシュミ・ミタル氏は「鉄鋼王」と呼ばれる印僑です。
また、石油化学のリライアンスは、急成長した新興財閥。フォードからジャガーやランドローバーを23億ドルで買収し、世界をアッと言わせたのが、自動車メーカーのタタ。
そして、IT産業の顔であるインフォシステクノロジーズは、米国企業のソフトウェア開発受託で急成長し、今やインドの輸出総額の1割を担う存在になっています。
ちなみに、私はリライアンスのトップであるアンバニ氏の大邸宅に招かれたことがあります。自宅はムンバイにありますが、「新築中の自宅が数十階建て」だと言うから、もうレベルが違いますよ。
上田 自宅で数十階! 「自宅ヒルズ」みたいなもんですね・・・。
竹中 このように、インドのトップ企業の影響力はすさまじい。だからこそ、日印の経済交流を深めて行くには、トップ同士の交流がとても重要です。
上田 その通りだと思います。それにしても、トップ同士の交流はどうすれば深まるんでしょうか?
竹中 実は2000年に、当時の森喜朗総理がインドを訪れ、パートナーシップの基礎作りを試みたことがあります。当時は非常に歓迎されて、ニューデリーには今でも森元総理の名前がついたストリートがあるほどです。
このケースのように、やはり政治家や企業のトップが、今後インドのトップに積極的に働きかけて行くしか、方法はありません。その重要なきっかけの1つに、前述した「鉄道プロジェクト」が挙げられるでしょう。またその一方で、地道な「知的交流」の基盤整備も欠かせませんよね。
この鉄道プロジェクトにおいて、ニューデリーとムンバイを結ぶ最も重要な州が、グジュラート州です。そこには、日本からもミッションが行く予定になっており、実は私はその団長になっています。このような場をできるだけ利用して、現地のリーダーたちと交流を深められたらと思います。
上田 竹中さんがきっかけになり、両国の関係が一層深まるといいですね。
竹中 そうですね。私自身も、もっとインドのことを勉強したいと思います。

『竹中平蔵・上田晋也のニッポンの作り方』
経済学者・竹中平蔵と、くりぃむしちゅーの上田晋也が、楽しくわかりやすく日本の経済を解説する知的エンターテインメント番組。
第31回「次世代大国インドの秘密」放送時間 BS朝日11/16(日)夜8時~、11/23(日)午前11時30分~
朝日ニュースター 11/21(金)夜10時~、11/23(日)夜10時30分~、11/24(月)午後3時~
●番組ホームページ
http://www.bs-asahi.co.jp/(BS朝日)
http://asahi-newstar.com/(朝日ニュースター)
●番組で取り上げて欲しいテーマ、竹中さんへの質問を大募集
http://www.bs-asahi.co.jp/