緊縮疲れのギリシャ国民、それでもユーロ圏に残りたい理由とは

小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表



 ギリシャがユーロ圏から離脱を余儀なくされる可能性が出てきました。6月17日に行われる再選挙で財政緊縮派が負けてしまうと、EU(欧州連合)やIMF(国際通貨基金)などが要求している財政改善策が実行されなくなる可能性があります。すると各国からの支援も打ち切られ、ギリシャは孤立します。ギリシャ人の多くは「緊縮財政には反対だが、ユーロ離脱は避けたい」と考えているようですが、では、そもそもなぜギリシャ国民はユーロ圏にとどまりたいと考えているのでしょうか。ここに、問題の本質があると私は考えています。
ユーロという甘い汁を吸っていたギリシャ国民
 なぜギリシャ国民はユーロから離脱したくないのでしょうか。まずはそこから考えてみます。
 もしギリシャがユーロから離脱したら、旧通貨であるドラクマ(GRD)を再び使うことになるでしょう。しかし、ドラクマは弱い通貨ですから、大幅に通貨安が進んでインフレが起こる可能性があります。逆に言いますと、ギリシャ国民は今までユーロを導入することによって次に述べるような大きな得をしていたと言えるのです。
 ギリシャ国民がユーロを使うメリットは何でしょうか。一つは、ユーロは比較的強い通貨ですから、低金利でお金を借りやすいということがあります。旧通貨ドラクマと比較すると、通常の状態であればユーロ自体の金利はそれほど高くありません。このことから、2001年にギリシャがユーロを導入して以来、何が起こったのでしょうか。
 例えば、ギリシャはEU加盟に際して財政赤字額を粉飾するほど、もともと国の財政基盤が弱かったのです。現在では皆さんもご存じのようにきわめて厳しい財政状況ですが、その一方で「ポルシェを世界一多く保有している国」と言われたりします。ユーロ導入前であれば、ギリシャ人がドイツで生産されたポルシェを輸入する際には、支払ったドラクマがどこかでドイツマルク(DM)に交換されることになります。つまり、仕組み的にはドラクマ売りのマルク買いが起こるわけです。
 それがずっと続くとどうなるでしょうか。ドラクマの価値が下がって、ドイツマルクが切り上がっていきます。つまり、ギリシャ人にとってはポルシェが割高になっていくわけです。そうなると、ギリシャ人はポルシェを購入しにくくなっていきます。ユーロ導入前であれば、為替レートの調整が輸入を制限するとも言えます。
 しかし、ギリシャの通貨がユーロになると、このような為替変動は起こらなくなります。ですからギリシャ人は、比較的低い金利でユーロを手に入れて、ポルシェを容易に買えるようになったのです。
為替レートの変動で貿易収支が均衡する
 つまり、各国の通貨がユーロに統合されたことによって、貿易によって為替レートの調整が行われないわけです。融資のメドさえつけば、いくらでもユーロを借りることができたわけです。借りるのは外国の金融機関でも構いません。その結果、国としての貿易収支は悪化していくものの、個人としての暮らしぶりはそう悪くないという現象が起こったのです。これはイタリアなどでも同様のことが起こりました。
 本来、通貨の交換レートが変動することで貿易収支などが均衡する力が働きます。経済学的に言うと、為替レートが「ビルトインスタビライザー(自動安定化装置)」の役割を果たしているのですが、それがユーロ導入によって失われてしまったということなのです。
 強い通貨であるユーロの恩恵を受けたのはユーロ圏諸国だけではありません。例えば、ユーロ危機の時に問題になったポーランドです。ポーランドの通貨はズロチですが、多くの国民がズロチより金利が低いユーロ建てで住宅ローンを借りていました。“ユーロ建てのおいしさ”を満喫していたということなのです。
 しかし、ポーランドの場合は2008年から始まった世界金融危機によってズロチが下落し、結果的に返済すべき住宅ローンが倍増してしまいました。ポーランド人は給与をズロチでもらっているわけですから、一気に負担が重くなったわけです。ギリシャもドラクマに戻れば、同様の事態が生じるでしょう。
ドラクマは暴落する可能性が高い
 ギリシャ国民は「ユーロ圏から離脱しなければユーロのおいしさを享受できる」と考えています。ドラクマのような弱い通貨が再び使われるようになると、通貨が暴落して輸入物価を中心にインフレが進行する恐れがあり、購買力が落ちるからです。ギリシャ経済が一時的には破綻する事態になり、国民生活が大混乱すると考えられます。だから、ギリシャ人はやはりユーロ圏に残りたいというように考えています。
 ただ、ユーロ圏に残っても、構造的な問題が改善しない限り、根本的な解決にはならないわけです。ユーロ圏ではドイツなどの北部諸国が総じて生産性が高く、ギリシャやイタリア、スペインなど南欧諸国の生産性が低くなっています。安くて品質のいい商品が北から南へと流入してきます。この構図が変わらない限り、同じことを繰り返すことになりかねません。
 ギリシャのユーロ離脱の可能性が見えてきた今、もう一つの大きな問題が表面化してきました。
 もし、ギリシャがユーロ圏を離脱してドラクマを使うようになったら、ドラクマが暴落する可能性があります。それを考えて、ギリシャ人は今のうちにユーロを現金通貨で持ちたがっているのです。あるいはギリシャ以外の銀行に預金を逃避させようと考えています。ドラクマが再導入されても、ユーロで現金や預金を持ち続ければ価値がどんどん上がっていく可能性がありますからね。
 ここでの大きな問題のひとつは、ギリシャ人はユーロを現金で持ちたいと考えていることです。ユーロ建て口座に入れておいたら、いざという時に政府が預金封鎖をしてしまう、可能性があります。強制的にドラクマに両替されることも考えられます。すでにギリシャでは、現金で引き出す、あるいは他国の銀行に送金するなど預金流出が拡大しているようです。
預金流出で信用創造機能が縮小
 預金の流出は金融システムに大きな影響を及ぼします。銀行というのは、預金量に見合うだけの現金を持っていません。どこの銀行でもそうです。例えば、日本の場合を見てみましょう。日本の通貨量(日銀券残高)は、2012年3月末で約80兆円です。一方で、預金量は約1000兆円です。つまり、日本でも預金量は通貨量の約10倍以上もあるということなのです。
 ですから、預金をしている人たちが現金通貨で預金を引き出し始めたら、どんな銀行でもお金が足りなくなるのです。通常であれば、中央銀行や他の金融機関から融資を受けることでしのげますが、国全体で取り付け騒ぎが起こったら対処できません。これは現金通貨に限らず、預金の他国への送金でも同じことが起こりかねません。ギリシャ国民が本気で現金でユーロを持とうとする、あるいは、預金の海外送金が起こると、ギリシャのほとんどの金融機関で取り付け騒ぎが起こり、金融システムが崩壊する可能性が出てきます。
 預金の引き出しは信用収縮を起こして、お金をかりている企業などにも大きな影響を与えます。銀行の信用創造機能が縮小するのです。
 参考までに、信用創造機能について簡単にご説明しましょう。例えば、ある人(A)が100万円を銀行に預けたとします。当然ですが、銀行はお金を預かっているだけでは損をしますから、その100万円を他の人(B)に貸し出します。企業の運転資金などであれば、Bは口座に100万円を入れておき、必要に応じて出金します。すべてを使いきることはまれで、常に一部は預金しています。銀行はその預金をさらに別な人に貸し出します。銀行は、このようなことをどんどん繰り返して行きます。そうすると、元の100万円が10倍くらいに膨らむのです。これを信用創造といいます。
ギリシャの銀行は危険な状態
 先程もお話ししたように、日本でも貸出等を繰り返すことによって、預金量が通貨量の10倍ほどに膨れ上がっています。しかし、元の現金通貨量が減少してしまうと、貸し出しができなくなるために信用創造ができなくなってしまいます。現金通貨の引き出しでなくても、海外など他の銀行への送金で預金が減少しても同じことが起こるのです。その引出量が一定額を超えると、銀行が取り付け騒ぎになって破綻してしまう可能性もあるのです。
 貸し出しは返済期限が決まっていますから、すぐに回収することはできません。しかし、普通預金などは即座に引き出されてしまいますから、引き出しが増えすぎてしまうと、一気に取り付け騒ぎが起こってしまうのです。
 このようなことを考えますと、ギリシャの銀行は今、非常に危険な状態にあります。多くのギリシャ人が現金通貨を欲しがる、あるいは海外送金を続ければ、このような事態に発展する可能性があるのです。その場合、欧州中央銀行やギリシャの中央銀行が、ギリシャの銀行に対して資金を注入したり、信用を補完しないと、ギリシャの銀行が潰れてしまう可能性があるのです。
 ギリシャの銀行が潰れてしまいますと、ギリシャの銀行にお金を貸していた周辺の国々の銀行も不安定になり、欧州全体の銀行にまで金融不安が広がっていくことも考えられます。
 金融の世界というのは、信用で成り立っています。信用創造という名のバブルが常に起こり続けている状態なのです。ある意味、その信用創造が経済の活力でもあるわけです。
 しかし、多くの人が現金通貨を持ちたがる、あるいは他国への預金の移動を行うと、信用創造が逆回転しはじめ、金融が非常に不安定になるのです。ギリシャでは、それが起こりつつあるということです。
金融不安はいつまで続くのか
 6月17日のギリシャ再選挙に向けて、ギリシャ国内では何度か世論調査が行われていますが、緊縮財政派と反緊縮派の支持率は抜きつ抜かれつという状況です。緊縮財政派が勝利するのではないかというめどが立たない限りは、ユーロ圏の金融不安は続くと考えられます。
 もし、6月17日の再選挙で緊縮財政派が敗北し、ギリシャがユーロから離脱するようなことになれば、ギリシャ危機が再燃します。すでに再燃しかけています。選挙結果によっては、ギリシャの銀行破綻を前にして金融危機が拡大する可能性もあるのです。もちろん、EU各国首脳や欧州中央銀行などはギリシャの銀行への資本注入などの対応策を考えてはいますが、その規模とタイミングが不十分なら危機の火は消えません。
 そして、もう一つ大きな問題が起こりつつあります。一番端的なのはスペインです。スペインでは2012年3月の失業率は約24%、若年層に限っては50%近くまで悪化している状況です。これは、金融危機だとか財政危機だとかというレベルの問題ではありません。もはや国全体の経済的、政治的危機になってしまっているのです。
 労働者の4分の1が失業しているわけですから、通常では考えられない話です。この状態がさらに財政を悪化させ、金融を不安定化させるという悪循環に陥っているのです。ですから、欧州全体でスペインやギリシャの国自体を建て直さないといけません。EUはこれらの国々全体の経済を建て直さないと根本的な解決にはならないという認識が必要なのではないでしょうか。
 次回は、引き続き欧州のGDPなどの経済指標を見ながら、欧州経済の今後のシナリオを考えていきます。後半では、日本の主要な指標を見た上で、消費税増税問題について私の考えなどをお話ししていきます。
(つづく)
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小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表。十数社の非常勤取締役や監査役も務める。1957年、大阪府堺市生まれ。81年京都大学法学部卒業。東京銀行に入行。84年から2年間、米国ダートマス大学エイモスタック経営大学院に留学。MBA取得。主な著書に、『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』(以上、ディスカバー21)、『日経新聞の「本当の読み方」がわかる本』、『日経新聞の数字がわかる本』(日経BP社)他多数。最新刊『ハニカム式 日経新聞1週間ワークブック』』(日経BP社)――絶賛発売中!
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