公務員制度改革の経緯と主要な論点について


磯部文雄氏
内閣官房行政改革推進事務局公務員制度等改革推進室長


  • 森内閣が閣議決定した行政改革大綱を受け、001年1月、内閣官房に行政改革推進事務局が設置された。
  • そこでは公務員制度に関してどのような検討が行われているのか。
  • 同事務局の公務員制度等改革推進室長・磯部文雄氏に要点をお聞きした。


ポイント: 公務員制度改革の現状と今後の展望制度改革に当たっては、優秀な人材をどのように確保するか、公務員が自分の仕事にやりがいを感じられる環境をいかに構築するか、官民の人事交流をどう進めるべきか、いった視点も必要である。

参考:
行政改革推進事務局ホームページ
(http://www.gyoukaku.go.jp/index.html)、
総務省行政管理ホームページ
(http://www.soumu.go.jp/gyoukan/kanri/)


人事評価と退職管


―― 平成12年に閣議決定した「行政改革大綱」を受け、平成13年1月、行政改革推進事務局に設置された公務員制度等改革推進室では、公務員制度改革に関して検討を進められています。まず、れまでの改革の流れについてご説明ください。

磯部: 小泉内閣になった平成13年12月の「公務員制度改革大綱」で、国家公務員法の改正案について、平成15年中を目標に国会に提出する」とされましたが、残念ながらその期限までに成案を得ることができませんでした。私は平成15年秋に公務員制度等改革推進室に着任したのですが、同年11月に、自民党行政改革推進本部の公務員制度改革委員会の委員長に就任された片山虎之助議員から「もう一度原点に立ち戻り、現行の人事制度の見直し、退職管理の状況などを検討しては」とのご提案があり、政府部内でもそうした方向での法案づくりの検討に着手しました。平成16年3月に「能力・実績主義の人事管理の推進」や「再就職の適正化」「早期勧奨退職を前提とする人事管理の見直し」などの柱からなる「公務員制度改革について」、いわゆる「片山メモ」が出され、それに基づいて与党でも議論が重ねられ、同年6月に、与党行財政改革推進協議会が政府に対して「今後の公務員制度改革の取組について」7頁・註1参照)という申し入れをされました。そうした流れを受け、同年8月に公務員制度等改革推進室として「国家公務員制度改革関連法案の骨子(案)」をまとめ、職員団体、人事院、各省など関係各位に示しながら鋭意調整を進めてきましたが、残念ながらそれがまとまらず、今日に至っているというのが現状です(右頁・資料1参照)

―― どのようなことが検討のポイントになったのでしょうか。

磯部: 能力・実績主義と再就職の適正化、その二つの問題を中心に検討がなされてきました。能力・実績主義の前提としての評価制度の検討課題としては、現行の勤務評定についてもろもろ問題が指摘されるところですので、その改善を図ること。より明示的、かつ長期にわたって評価をしていく制度を定着させる必要があるのではないか。能力・実績主義の評価を人事に活用し、らにそれを進めて、給与にも反映させていく必要があるのではないか、いうことがあります。さらに評価手法に関して、評価者と被評価者とのコミュニケーションの問題であるとか被評価者が不満を持ったときの対応な、実務的な面も含めて検討を進めてきたところです。

―― 公務員の場合、中立、公正ということが一義的にあるわけで、能力・実績を評価する制度の設計は民間企業以上に難しいのでは。

磯部: 無論、公務員と言えども業務の遂行に当たって効率性を最大限に追求しなければなりませんが、最後のぎりぎりのところで、おっしゃるように効率か、公正か、判断に迫られる局面もあるはずです。そのような点で難しさがあるのは事実ですが、やはり個々の公務員が、いかなる役割を期待され、それをどれだけ果たしたか、その実績を踏まえた評価制度を導入することは必須であろうと考えています。

―― 組合側は「能力がより反映される人事制度」という基本線を了解しているのでしょうか。

磯部: 評価制度に関する組合側の主張を要約すれば、勤務条件の決定だから組合側も関与すべきだというものであり、の点われわれの意見と異なりますが、能力・実績主義の導入自体に反対しているわけではありません。そのような意味で、妥協の余地があると期待していたのですが。


―― 今回、労働基本権に関しては与党が組合側との交渉に当たったようです。

磯部: 一般職の公務員にも現業型公務員の労働協約締結権を付与することが組合側の主張と思いますが、おそらく「この問題は政治マターである」などの判断から、自民党との議論を求めたものと理解しています。争点は、組合側は労働基本権の付与を前提とした検討を求め、自民党側は労働基本権を付与する・しないは制度を検討した後だ、という相違が大きかったと認識しています。


―― 労働基本権制約の代償機能を有してしている人事院のあり方も必然的に見直することになるのでしょうか。

磯部: 労働協約締結権が付与されることになれば、その議論が行われるのでしょうが、今回は議論がそこまで至りませんでした。


官民交流の現状


―― 昨年12月に「今後の行政改革の方針(新行政改革大綱)」が閣議決定されましたが、そのうち公務員制度に関する部分の要点は。

磯部: 一点は、制度設計の具体化と関係者間の調整を進め、改めて関連法案の提出を検討すること。もう一点は、関連法案に盛り込む予定だった人事評価制度などのうち、現行制度の枠内で実施可能なものは早期に実行に移し、改革の着実な推進を図ることです。このうち天下りについては、現在は、営利企業に関して人事院の再就職承認制度がありますが、骨子案では、れに加えて営利企業以外の法人へ再就職する際の内閣への報告制を新たに導入して、営利企業への再就職とともに使用者たる内閣が一括して責任を持って対応するということで、の点は人事院にも了解いただいたと理解しています。今後の行政改革の方針」では、法律改正はできませんので、営利企業以外の法人に再就職する職員に報告を義務付けることに代えて、関係する法人と法人を所管する各府省の協力を得るかたちでとりあえず実施してみようということになっています。


―― 天下りの問題を考える上で、早期慣行との関係を整理する必要がありますね。

磯部: 民間への押し付けになっているとか安易に受け皿をつくっているといったご批判があり、あるいは職務の公正確保の観点や、不必要な組織や事業を認めないという観点からも、適切な退職管理のあり方は重要な課題であると認識しています。そして、ご指摘のように国家公務員には早期勧奨退職の慣行があり、現在内閣は、年をかけて退職年齢を3歳引き上げようとしているところです。すなわち、この背景にあるのは「天下りを止めさせるため、なるべく長く公務員として職責を全うできるようにすべきであり、その際には組織の活力の維持を図るため能力・実績評価を徹底し、入省年次にこだわらず、優秀な人物を抜擢すべき」とされる考え方だと思います。しかし、れに関してもさまざまなご意見があり、国の活力のため実力のある年長者はどんどん民間に出られるようにすべき」と主張される意見もあります。


―― わが国にもアメリカのポリティカル・アポインティのような制度を積極的に導入していくべきではないか、いう議論があります。

磯部: そこは議論の分かれるところで、アメリカはそうだとしても、ーロッパで見られるのは、公務員が定年まで勤めて一般と比べて十分な年金を受け取り、その代わり天下りをしなくて済むという制度です。またイギリスが典型ですが、公務員と議員との接触を厳しく制限する制度もあります。両極端の方法論がある中、わが国としてどのような道を選択していくのか、いうことでしょうが、個人的な意見を言わせていただくなら、本来、わが国の公務員に対する見方などはヨーロッパ型に近いはずであり、アメリカ型はよほど流動的な外部労働市場などがなければ困難ではないか。また、政治任用をどこまでにするにせよ、こかで職業公務員との切れ目ができるわけですから、ず近時導入された副大臣・政務官制を十分活用や改善をして、政と官の役割分担をきちんとしていくのが大切ではないか、考えています。

―― 今般の憲法改正論議で、第65条の「行政権は、内閣に属する」という文言によって、総理大臣の官庁に対する指揮命令が不徹底になっているのではないか、あるいは第15条の「全体の奉仕者」と政党政治の関係性に関する議論もあります。今回、そういった議論はなされたのでしょうか。

磯部: 傾聴すべき点のあるご意見だと思いますが、公務員制度の議論では今までのところ出ていません。

―― 官民交流の現状は。

磯部: 民から官への流れは、任期付職員法※1や官民交流法※2などの活用により大きくなっています。一方、官から民に行く流れについては、官民の人的交流を促進する仕組みとして、いかんせん民の受け入れが少ないというのが私の印象です。効率性を学ぶという研修的な目的があり、それが関係しているのかもしれません。民間部門はそのようなことのためにあるのではないわけですから、それは当然だとしても、民間側の中途採用を受け入れる素地にも原因があるように感じられます。官の定員は厳しく抑えられていますから、民に出られなければ民から人を受け入れられなくなります。一方、個人的には、そもそも多くの行政機関には未知の民間人を受け入れる余裕がないようにも思えます。もちろん、官の側も中途採用についてもっと考えていかなければならないと思っていますが。

―― 関連する民間企業へは離職後2年間移ることができないという規制は、官民交流という観点からするとマイナスなのでは。

磯部: 日本国民の官の公正性に対する目には厳しいものがありますが、反面、それが公務員の公正性の裏付けになってきたとも言えると思っています。



―― シンクタンクやアカデミズムの分野における官民交流は広がっていますか。

磯部: 各省から「国立大学だけではなく、私立大学にも行けるようにしてもらいたい」という希望がかなり出ていま。私立大学と並んで、ンクタンクも各省からの要望が強いところです。多様な選択肢を用意するという観点から官立に限らず、各種研究機関やシンクタンクとの人的交流については、これをいっそう進めていく必要があると思われます。

公務員の処遇の問題

―― 国家公務員の採用を今のような省庁別ではなく、一括採用にしてはどうか、いう意見があります。


磯部: そのようなご意見があることは承知していますが、片や「この省庁の仕事をすることを目指して努力を重ね、入省するのだから、そこで、それぞれの能力を最大限に発揮させるべき」との主張もあり、なかなか意見集約されず、今のところ、省庁別採用を継続することになっています。行政需要に応じた人員配置が可能になる」という傾聴すべき意見がありますが、それは一括採用に切り替えなければ実現できないかというと、ちんとした行政評価を行い、廃止、縮小される分野から拡大する分野に人を移すという、困難ではありますが重要な政治的決断を行う方法もあり得ます。また、先進国のうち日本は、全国民に対する公務員比率が低く右頁・資料2参照)、総定員をさらに減らすことが適当なのか、そこは慎重な検討が必要だと思います。ただ、行政需要は短期的にも長期的にも変動するわけで、限られた人員をより機動的に投入できる仕組みをより充実させる必要性については異論ありません。

―― 治安や国税が人員不足としているとしても、全く異なる分野から右から左に異動するのは難しい面もあるのでしょうか。

磯部: 林野庁の縮小に伴う異動などが行われてきましたが、専門性の点で全く異質な業務への異動には難しい面があり、時間もかかります。逆に「現に少数で一応対応できていればそのままでよいのか」ということもあるはずです。国民の利益を考えれば、あえて厚く配置すべき分野もあると思います。もちろんその際は、厳格な組織管理、定員管理による行政の肥大化防止という要請を満たすことを考えなければなりません。

―― 行政需要の変化に即応するため、部や課をより迅速に改編できるようにすることも必要なのでは。

磯部: その点は「公務員制度改革大綱」で決定され、実行されたことでもあり、改編は従来に比べ相当やりやすくなっていると聞いていますが、らに改善していくべきでしょう。ただ、り大きな行政需要の変化への対応となりますと、政治的決断を要する関係もあり、らに一段の工夫がいると思います。

―― 行政のスリム化が進む中、中央省庁の職員の多くが相当の超過勤務を強いられているようです。

磯部: 政府全体として、不要な国会待機を減らすなどの合理化の努力に努めているところですが、らに仕事の方法を見直して、不合理な超過勤務は断固減らしていかなければならないと思います。例えば、国会提出法案などについて各省が競い合い、その折衝に時間がかかっている面があります。議論が深まるといった利点はよいのですが、やはり不要な質問のやり取りなどは簡素化していくのが国民の求めるところでしょう。

―― 日本の国家公務員を多忙にしている要因のひとつに、法案作成のとき、それを体系上矛盾のない、遺漏のないものにするための作業があるのでは。

磯部: 「溶け込み式」、つまり改正のとき、旧法に新たな法文を溶け込ませるのが日本の立法の特徴です。必然的に、欧米の国のように順次上に継ぎ足す方法より遥かに手間がかかります。作業する時間は限られ、政治の議論で急遽変更することも多い。そのように大変な作業をしているわけですが、そこは割愛し難いところでもあると思います。溶け込み式」ではない国には、何年もさかのぼらなければ、との条文が分からないといった難点があると聞いています。


―― 法案の作成、チェックにITを活用できないのでしょうか。

磯部: 内閣法制局でコンピュータソフトでの対応について検討しており、技術的バックグラウンドを充実させることで、公務員がより実のある仕事に傾注できるようになっていくでしょう。


―― 能力、実績の評価にも関係しますが、キャリア制度そのものの見直しの可能性はありますか。

磯部: 現在のところ制度を廃止するのは難しく、また適当でもないとの認識に立っています。諸外国を見ても、主要国の多くは幹部要員たる者の選定と育成のシステムを有しています。ただ、わが国の採用区分制度に再検討すべき点が少なからずあることは事実でしょう。種採用の者も厳しい評価を受けて十分な力のない人は昇進させない、種・Ⅲ種の者も客観的な評価を経て優秀な人は幹部に登用されるようにしていく、いうのが今のところの基本的な考え方です。

―― 法科大学院の影響について何か検討されていますか。
磯部: 優秀な公務員志望者の減少にかなり影響しているとの見方があり、現在、人事院で法科大学院を卒業した人の採用について、試験のあり方を検討していると聞いています。いずれにしても、優秀な人材の確保が重要です。われわれも危機感を持って、人事院と相談をしながら、ろもろの試験制度の見直しを進めており、二次試験の合格者を増やしたり、合格発表前に実施していた採用面接を最終合格の後に変更したり、試験日程の早期化・短縮化など、試験の改善が行われているところです。

―― 民間に転出する若い国家公務員が増加しているようです。

磯部: そもそも「公務員制度改革大綱」が検討されることになったきっかけのひとつに、若手官僚の転職の増加への危機感があったと聞いています。社会全体の雇用流動化の影響もあるのでしょうが、現在の勤務条件のままでよいのか。個人的には先程の超過勤務の解消と、現役幹部の処遇は民間の一流企業に比べると見劣りしており、れを遜色のないものにしていくべきではないか、その辺りが重要な検討課題であろうと思います。ただ、処遇がすべてかと言えば、大多数の志望者は仕事の中身で来てくれるものと思います。だとすれば、自分の仕事が国民のためになる、り自由に仕事ができる、それを実感できる環境をつくっていくことが何より大切だと思います。


内閣官房行政改革推進事務局公務員制度等改革推進室長
磯部文雄(いそべふみお)
1950年東京都生まれ。1974年東京大学法学部卒業、同年厚生省入省。1992年総務庁行政管理局管理官。1994年厚生省健康政策局指導課長。1999年厚生省大臣官房国際課長。2001年内閣府大臣官房審議官(経済社会システム担当)。2003年内閣官房内閣審議官(公務員制度等改革推進室次長)。2004年公務員制度等改革推進室長(現職)。





※1任期付職員法:正式名称「一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律」。平成12年11月27日公布、同日施行。民間人材採用の円滑化を図るべく、一般職の職員について、専門的な知識経験または優れた識見を有する者の任期を定めた採用および給与の特例に関する事項を定めている。


※2官民交流法:正式名称「国と民間企業との間の人事交流に関する法律」。平成11年12月22日公布、平成12年3月21日公布。公務員制度改革の一環として、国家公務員を民間企業に派遣し、また、民間企業の人材を国家公務員として採用する制度を創設するもの。官民の人事交流によって柔軟な発想力、コスト意識、機動的な対応能力等を高めていくことを目的とする。