牽引役がいない世界経済、米中の景気減速が鮮明に


小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表
 今回は欧州発の金融危機に関連して、中国や米国が世界経済を支えていける状況なのかについて指標を分析していきます。春先までは景気回復の兆候がうかがえたのですが、欧州の景気後退の影響もあり、中国や米国も景気が減速しつつあります。ギリシャの再選挙の結果と新政権の対応次第では、世界経済は牽引役のいない同時不況に突入し、場合によっては「104年に2度目」のショックに突入する恐れさえあるのです。
減速しはじめた中国経済
 中国人民銀行は6月7日に3年半ぶりの利下げを実施しました。欧州の景気後退の影響を受け、中国経済の減速感も強まっているからです。EU(欧州連合)は中国の最大の貿易相手地域です。5月の工業生産は4月に続いて2カ月連続で1ケタの伸びに留まりました。中国で景気動向を正確に反映するとされている電力消費量も4月は3.7%増で、3月の約7%増から大幅に低下しています。
 当然のことながら、中国のGDPも減速している可能性があります。
 中国政府は2012年の成長目標を7.5%に引き下げましたが、実際には8%台を確保することを見込んでいたと考えられます。しかし、いまの状況では第2四半期には8%を下回る可能性もあります。
 6月1日に発表された5月の製造業の購買担当者景気指数(PMI)も50.4と昨年12月以来の低水準となりました。前月の4月は53.3という水準でしたから、急速に悪化したことが分かります。
 中国以外のアジアの成長率は、表にあるようにすでに軒並み鈍化しています。2012年1-3月の成長率は、前四半期比年率で香港は0.4%、台湾は0.4%、韓国は2.8%、シンガポールは1.6%と、どこも成長率が大きく鈍化しているのです。
 これらの原因も、欧州危機の影響が一番大きいと考えられます。新興国は経済の底が浅いですから、影響が出やすいのです。
 特に中国は、先にも述べたように輸出の約2割を占める最大貿易相手地域がEUですから、欧州の影響を顕著に受けます。ただ、今の中国にとって厳しいことは、それだけではありません。
 中国の輸出の第2位が、約18%を占める米国ですが、この米国の景気も悪化しつつあるということです。
雇用と住宅の不振でさえない米国経済
 続いて、米国経済も見ていきましょう。6月1日に5月の米雇用統計が発表されましたが、これは市場に大きな失望感を与える結果となりました。
 失業率が前月より0.1%悪化の8.2%、非農業部門の労働者数の増減数も6.9万人と、15万人程度という事前の予測を大幅に下回りました。前月の数字も低めに改訂されました。その結果、為替相場も一時1ドル=77円台後半まで円高となりました。
 もう一つ気になる指標が、住宅価格です。S&Pケース・シラー住宅価格指数を見ますと、2012年3月は主要20都市圏では前月比0.1%の上昇となりました。2カ月連続の上昇ですが、まだ前年比では2.6%の低下という水準です。住宅価格はほぼ底を打った感じですが、まだ市場が回復基調に転じたとは全くいえない状況です。それは住宅着工件数を見ても分かります。
政策の手が限られている米国
 雇用や住宅市場に加えて、私が最も注目している米国の指標は「個人消費」です。米国のGDPの約70%を支えているからです。
 6月1日に米商務省が発表した個人消費は前年比で4.0%増となりました。3月からは横ばいですが、伸び率の鈍化傾向に歯止めがかかったとはいえません。この水準が続いていくようであれば、第2四半期のGDP成長率が鈍化する可能性があります。
 欧州の金融危機が世界経済にとって大きな不安要因となっているわけですが、問題解決が難しいのは、米国でも低金利が定着し、日本と同様に金融政策のフリーハンドが小さくなっているということです。「TB3カ月」を見てください。

 これは3カ月ものの財務省証券(=国債)の金利で短期金利を代表するものですが、すでに実質ゼロ金利を続けている状態が分かります。そこでQE3(量的緩和第3弾)をやるかどうかの議論がなされていますが、消費者物価上昇率を見る限りは、2012年4月の時点で前年比2.3%とインフレが抑えられていますから、やれる余地はあると考えられます。
 米国はリーマンショックの時には約7800億ドル(当時の為替レートで約80兆円)という巨額の財政政策を行ったわけですが、次に世界同時不況がやって来たとしても、昨年夏の財政赤字をめぐっての議会との攻防やその後の米国債の格下げを考えれば、大規模な財政政策をとることは難しいでしょう。だからこそ、QE3に期待が集まるわけです。政策的なフリーハンドが小さくなっているのです。
 リーマンショック直前の「TB3カ月」金利は5%を超えていました。つまり、金利低下という金融政策ののりしろもあった上に、財政政策も同時に行うことができたのです。その結果、米国は一時的に景気が盛り返しました。
中国はまだ財政政策の可能性
 中国は米国よりは経済対策の余地はあります。リーマンショック当時、中国は約4兆元(当時のレートで約55兆円)の財政支出を行いました。現状、中国政府は米国政府よりもより財政的な余力があり、インフレ率も3%台に抑えこんでいるので、財政出動の余地はあると思いますが、どこまで積極的な財政支出を行うかは今のところ不明です。今のところは、預金準備率や市場金利の引き下げで対応しています。しかし、中国だけが景気対策を行っても、世界経済を牽引するまでの力強さがあるかは不明です。2000年代初頭から欧米の経済成長に頼った成長を続けてきたからです。
 先ほども触れたように、中国も成長率が落ちていることは間違いありませんから、そういった意味で世界経済の牽引役がいなくなっているのです。もっと言えば、世界経済の牽引役がいない上に、経済大国はすべて景気対策がとりにくい状況だという、二重のリスクがあるということです。そういうところに、欧州危機が迫っているのです。
 全般的に、予想していた以上に景気の冷え込み方が早いと感じます。何度も言いますが、中国と米国の経済が落ち始めているということと共に、今後、大きな経済危機が起こった時の財政政策や金融政策での下支え余地が小さく、次の一手が打てなくなっているのです。金融政策もすでに金利が実質ゼロにはりついたままですし、財政政策もそこまでやれるか分からないのです。ですから、万が一、ギリシャやスペインショックが起こって世界的な不況が訪れたときは、かなり恐ろしいことになるのではないかと思います。
日本は政局をやっている場合ではない
 日本は復興需要もあり今のところはなんとか比較的好調ですが、世界経済の牽引役になるような力はありません。2012年1-3月のGDPは好調な数字が出ましたが、これが中長期に渡って続くとは思えませんし、世界同時不況がやってきても巨額の財政支出はできません。金利はゼロ金利で量的緩和も限界に来ています。
 この中で、消費増税の話が出ています。確かに日本の現状を考えると増税もやむなしだとは思いますが、今後、景気が落ち込んでくると考えられる中では、2014年から2015年にかけて段階的に10%まで引き上げるという先の話であったとしても、増税は景気を考えると決していい話ではないのです。
 ここで私が懸念しているのは、増税の話はしっかりと議論をする必要があるとは思いますが、今、政府は政策論争よりも政局にエネルギーを取られていることです。
 民主党と自民党が2014年からの消費税増税に基本合意したという報道がありましたが、マスコミのほとんどはその先の政局に注目しています。新聞等の報道を見ていても、小沢派が何人で自民党が何人、残りが何人という、数合わせの話ばかりになっているのです。
 こういう時に欧州発の金融ショックが再び来てしまったら、非常に大変なことになります。前回もお話ししましたように、政府は何よりも先に円高対策をとるべきですし、先日には内閣を改造したわけですから経済の問題も議論してほしいものです。しかも、産業空洞化や少子化問題など将来にも大きく影響を及ぼす問題は山積しているのです。
 しかし、政府、正確には政権をとっている人たちは、それどころではないのでしょう。国民の経済どころではないのです。自分たちの数合わせと人気取りのためにどうするかで精一杯という、悲しい状況なのです。
リーマンショック以上になる可能性も
 6月17日にギリシャの再選挙があるわけですが、日本の国会は会期が6月21日までです。会期末に向けて政局が流動化するようであれば、日本政府は危機にどのようにして対応するのでしょうか。
 脅すわけではありませんが、今回の欧州金融危機はリーマンショックを超える問題に発展する可能性があるのです。そして、繰り返しますが各国政府の政策のフリーハンドはそれほどないのです。それに対して政府がどう対応できるのかが、私の最も懸念するところです。
 政治家のほとんどは経済のことをあまりよく考えていません。やはり多くの政治家は経済を低く見ていて、政治を、それも政局を最も優先しています。自分たちにとっては一番大事なことかもしれませんが、この国を支えているのは経済ですから、それをしっかりやろうとしなければ、国の問題は何も解決できないのです。とくに中長期的な課題は解決されません。
 私はマスコミにも問題があると思います。経済対策、具体的には円高対策をどうするかなどの意見を各マスコミはきちんと表明すべきです。法案の具体的な中身や問題点なども読者に分かるように伝えるべきです。そのためにマスコミがいるのです。このような大事なことをなおざりにして、政局がらみの民主党や自民党の数合わせのことばかり追いかけていてはいけません。これでは、マスコミの存在意義が疑われます。
 政局はスキャンダルという意味では面白い記事になるかもしれませんが、もっと重要なことがあるはずです。国の中長期的なビジョンや産業政策などの、本当に国民生活に関わること提言しなければならないのです。
(つづく)
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小宮一慶(こみや・かずよし)
経営コンサルタント。小宮コンサルタンツ代表。十数社の非常勤取締役や監査役も務める。1957年、大阪府堺市生まれ。81年京都大学法学部卒業。東京銀行に入行。84年から2年間、米国ダートマス大学エイモスタック経営大学院に留学。MBA取得。主な著書に、『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』『ビジネスマンのための「数字力」養成講座』(以上、ディスカバー21)、『日経新聞の「本当の読み方」がわかる本』、『日経新聞の数字がわかる本』(日経BP社)他多数。最新刊『ハニカム式 日経新聞1週間ワークブック』』(日経BP社)――絶賛発売中!
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