[FT]欧州を救えないのはドイツの責任か



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2012/6/13 7:01
(2012年6月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
 スペインのルイス・デギンドス経済相は2週間ほど前にフィナンシャル・タイムズを訪れた際、「ユーロを巡る戦いはスペインで起こるだろう」と予想した。
■ドイツの対応に非難が集まる
デギンドス経財相は「ユーロを巡る戦いはスペインで起こる」と予想した(6月9日、マドリッドで記者会見に臨んだ同氏)=ロイター
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デギンドス経財相は「ユーロを巡る戦いはスペインで起こる」と予想した(6月9日、マドリッドで記者会見に臨んだ同氏)=ロイター
 週末にスペイン政府が自国銀行を救済するための国際的な支援を受け入れたことで、デギンドス経済相の言った戦いが始まった。これは非常に重要な戦いだ。ニーアル・ファーガソン氏とヌリエル・ルービニ氏は本紙への寄稿で、欧州は「1930年代の惨事を繰り返す」事態に「危険なほど近づいている」と警告を発した。
 1930年代当時と同様に、スペインでの争いは、欧州全体の命運を左右する大きな戦いにとって極めて重要と見られている。各国のケインズ派経済学者が国際旅団を編成してカタロニアに出向くまでに、それほど時間はかからないはずだ。そして再び、ドイツが汎欧州のドラマの悪役に選ばれるのだ。
 もちろん、現代のドイツが折り紙付きの民主主義国家であることに誰も異論は唱えない。アンゲラ・メルケル首相をアドルフ・ヒトラーになぞらえたのは、ギリシャのかなり過激な非主流派メディアだけだ。だが、世界中のメディアの報道から浮かび上がるのは、頑固なドイツの行動が世界を脅威にさらすという構図だ。例えば先週末に発売された英エコノミスト誌の表紙には、世界経済が沈没しつつある船として描かれ、「エンジンを動かして」とメルケル首相に懇願する吹き出しが書き込まれている。
■経済的には有効でも政治的には危険
 同誌は「メルケル首相がやらねばならないこと」の国際的なコンセンサスを要約し、「緊縮財政からの脱却」「ユーロ圏全域をカバーする預金保険制度がある銀行同盟」「限定的な債務の相互化」などを挙げた。英国から米国やイタリアまで、各国の首脳はドイツ政府に同様な行動を取るよう内々に働きかけている。
 ドイツ政府に対するこうした要求は、経済の惨事が政治の破局を引き起こした1930年代の再現を防ぎたいという一心から生じたものだ。
 こうした要求は経済の観点では合理的かもしれないが、政治上は非現実的かつ危険だ。現実の世界では通用しない教科書の解決策なのだ。おまけに、もし実行されれば、最終的に防ぐはずだった政治の過激化を招きかねない。
 要求のほんの1つである欧州全域を網羅する預金保険制度を例に取ってみるといい。ドイツと同じ見方の、オランダのベテラン政治家はこう話す。「フランスが年金の支給開始年齢を60歳に引き下げ、我々は67歳に引き上げたような状況で、銀行同盟を推進できるはずがない」。ドイツやオランダの観点では、自国より気前よく社会保障給付をしている国の銀行を、自国民の税金で支援するのは不公平なわけだ。
メルケル独首相は欧州全域で評価が高い(6月8日、ベルリンで記者会見に臨んだ同首相)=ロイター
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メルケル独首相は欧州全域で評価が高い(6月8日、ベルリンで記者会見に臨んだ同首相)=ロイター
■実施には政治の統合が不可欠
 このジレンマは、預金保険のように比較的テクニカルな印象の施策でも国家主権に大きく影響するのはなぜかをよく表している。欧州諸国の債務の相互化に向けて大きな一歩を踏み出せば、もっとつながりの深い政治統合に向かわざるを得なくなる。
 かつて盛んに議論された、各国政府の決定を覆す権限がある欧州「財務相」を置けば済むような話ではない。公平性を巡る苦々しい論争を避けるには、欧州各国の社会保障制度も調和させる必要がある。これは数十年単位の時間をかけて取り組む仕事だ。
 メルケル政権は、ユーロ共同債も欧州連合(EU)預金保険も絶対にやらないとは言っていない。もっと大きなプロジェクト、すなわち政治同盟の構築の一環としてのみ実施できると主張しているのだ。そうしなければ、ドイツ名義のクレジットカードを利用限度額も定めず南欧に手渡すようなものと考えているわけだ。
 これほど大きな改革を、米国などが求めるように数週間や数カ月間でどうやって成し遂げられるのか分からない。ピュー・リサーチ・センターの先日の世論調査によれば、予算に関する国家主権を中央当局に譲り渡すことには反対という回答が、欧州全域で半数を大幅に上回った。この調査では、メルケル首相がドイツだけでなく欧州全域で広く称賛されていることも明らかになった。
■ドイツを責めると極右台頭の恐れ
 この点で民衆は、ドイツ政府を列を成して責めようとしている有識者より高い見識を示している。メルケル首相の危機への対処に非の打ち所がなかったわけではない(そもそも、そんな人物はいたのか?)が、非常に大きな成果を1つ挙げている。ドイツ国内で政治的な過激派が足場を固めるのを防いできたのだ。
 これがあり得ない危険だと思う人は、ドイツの近隣諸国に目を向けるべきだ。フランスでは最近、有権者の3分の1が極右か極左の大統領候補に投票した。オランダ(ドイツのように、南欧諸国の救済にうんざりしている債権国)では、世論調査で極右と極左が1位と2位につけている。オーストリアでは、極右が世論調査で30%近い支持を得ている。
 ドイツでも、同じような反発が起きる条件がすべて整っている。ドイツの有権者は、ユーロに関して欺かれたと感じるだけの理由がある。有権者はかつて、単一通貨には、ドイツの納税者が他のユーロ圏諸国の支援を迫られる事態を防ぐ救済禁止条項があると約束されていた。だが、ドイツは既に、欧州の様々な救済策に資金を出すために2800億ユーロの潜在的な債務の受け入れを余儀なくされており、今後も要求は続く見込みだ。欧州安定メカニズム(ESM)の分担金を賄うだけでも、ドイツの今年の財政赤字は260億ユーロから350億ユーロに拡大する。
 既に引き受けた負担とリスクにもかかわらず、ドイツ政府はさらに多くのことをやっていないと罵られている。ドイツにユーロ圏全体の財政を引き受けさせようとしながら、ドイツ政府を孤立させ、非難するのは、政治的に危険な道だ。
 ギリシャやオランダにおける極右の国家主義者の台頭は遺憾な出来事だ。ドイツにおける極右の台頭は大惨事を引き起こす。
By Gideon Rachman
(翻訳協力 JBpress)
(c) The Financial Times Limited 2012. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

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