中国の不動産バブルに急ブレーキ 第12次5ヵ年計画のキーワードは「土地管理政策」


【第90回】 2011年12月16日   姫田小夏 [ジャーナリスト]
 「私の投資に関心のある人は手を挙げて!はい、そこのあなた、どうぞ!」
 「私の業界は不動産なんですが」
 「不動産?あ、ダメダメ。もう関心ないね。そっちのあなたはどんな業界?」
 「鉄鋼関連?もっとダメじゃないの。不動産が悪ければ鉄鋼だってよくないでしょう」……。
 上海で12月、投融資管理の専門家X氏を囲んでの交流会があった。精華大学客員教授の名刺を持ち、中国の金融業界や企業に向けて改革の必要性を発信するX氏の講演には、業界、企業の国有・私有、規模を問わず多くの中国人経営者が集まった。
 上記のやりとりは、X氏がこれと見込んだ企業に投資しよう、次なる「成功企業」を発掘しようという目論みで行われたものだが、そこからはすでに不動産業界が冷え切っていることが伺える。

濡れ手に粟も今は昔
死活問題に直面する不動産業界

 確かに不動産業界の苦境は察するに難くない。2011年11月、上海の住宅販売戸数は過去6年の最低水準にまで落ち込んだ。同月の販売成約面積は49.13万平米、前年比29.8%の下落である。住宅価格はここ半年、2万元台(1元=約12円)で推移、微増微減を繰り返しているが、物件によっては2割近く落ちたところもある。あれほどボロ儲けしてきた不動産業界が、今まさに「死ぬか生きるか」の難題を突きつけられているのだ。
 振り返れば09年、中国全土が不動産バブルに沸いた。市井の話題は住宅購入一色に染まり、インフレ対策と「今を逃せば一生買えない」という焦燥感から、多くの市民が買いに走った。住宅価格の全国平均は前年比24.9%も値上がりし、住宅価格は空前の高値をつけた。
 2010年、中国政府はこの過度な値上がりを抑え込もうと、複数回にわたりマクロ調整策を出した。にもかかわらず、市場の過熱は収まらなかった。当時、投資家も、デベロッパーも、仲介業者も、そして消費者も政府の足元を見透かしていた。不動産市場に対する調整策がいずれ経済に影響するとなれば、政府はその手綱をすぐに緩めるだろうと踏んでいたのだ。
 だが、2011年の1月と4月に国務院が出した「限購令」(*)「固定資産税」(上海市と重慶市におけるテストラン)には、高を括っていた彼らも白旗を振らざるを得なかった。特に限購令の効き目は想像以上の効果を発揮してしまった。
 前述の交流会に参加した不動産企業Y社のトップは、「土地を仕入れて開発するのが開発商(デベロッパーの意味)のビジネスだが、用地取得に制限がかけられてしまってはもはやぐうの音も出ない」と語る。
 限購令の影響は不動産業界だけではない。浙江省では倒産、もしくは事業を売却したセメント企業は10社を下らない。「来年はセメント企業の本格的な淘汰が始まる」との噂も飛び交う。
 国家統計局によれば、2010年、全国の住宅・不動産投資は3兆4038億元に上った。これは川上、川下の50~60の業界にわたる関連産業の、5兆7865億元に上る生産を可能にした。また、09年の不動産と建築業が吸収した雇用者数は1369万人で、05年比で259万人・23%も増加した。
 だがこの循環が滞り始めた。
*限購令「各都市に戸籍のある者しか買えない」「保有できるのは2戸まで」「外地戸籍者は1戸まで」などとするもので、購入そのものの行為を規制する法令。

国土面積世界第3位の
中国といえども土地は有限

 他方、こちらはある学術研究会の席上だ。
 「中国の土地開発はもはや限界にある」――
 研究者のひとり、W氏は、今回ことさらこれを強調した。今、中国では土地資源の有限性が議論の対象となっている。
 読者諸氏はピンと来ないかもしれない。中国の土地は960万平方キロメートルで世界第3位の面積を有するにもかかわらず、なぜ有限なのだろうか、と。
 その原因は「人口が多いから」の一言に尽きる。1人当たりの土地面積は0.77ヘクタールで世界平均のたった3分の1にしか過ぎず、また耕地面積に至っては0.16ヘクタールと世界平均の2分の1にも満たない。
 中国の土地問題は厳しい局面に立たされている。もともとの「1人当たりの土地面積」の少なさに加えて、耕地は毎年2%のスピードで減少、耕地を宅地に転用しての乱開発が深刻になっているのだ。別の中国土地問題の専門家は「このままでは耕地を使い切ってしまう」と強い懸念を表す。今や中国の社会全体が抱える最大の問題といえば、この土地管理問題に他ならない。
 同時にこれは党が背負う大きな課題であり、なおかつ第12次5ヵ年計画におけるひとつの大きな焦点となる。
 ちなみに2011年8月23日、中国共産党中央政治局による「第31次全体学習会」が行われたが、その研究テーマはズバリ『土地管理』であった。この研究会では胡錦濤総書記が耕地の保護、用地の有効利用、権益の保護、改革の遂行などの重要性を伝え、その結果、さらなる強化策が決定された。
 また、7月20日、温家宝総理が取り仕切る国務院第164回常務会議においても土地管理の重要性が強調された。その後9月2日、温家宝総理は国土資源部を視察に訪れた。
 研究者のひとりは、「今後、中国経済が持続可能な社会に向けてシフトしていく中で、これら一連の動きは政策の軸足が土地資源管理に移された可能性を示唆するものだ」とコメントしている。

「ボロ儲け」モデルに終止符
これ以上の地価上昇は許されない

 地方都市では農地を宅地に転用しての不動産開発が進められてきた。また地方経済は土地の売却益を鉄道や高速道路の敷設などの財源に充ててきたように、土地財政への依存度が非常に高かった。当然、役人の出世も経済成長の貢献度と目標達成が人事考査をする上での判断基準となった。
 一方で、2010年は各地で強制立ち退きに抵抗する農民の焼身自殺が、たびたびニュースに取り上げられた。土地を失った農民はすでに5000万人にも達している。それは「民生、民意を犠牲にしての発展」を物語る。
 この過度な開発を抑え続けるためには、目の前の「限購令」もそう簡単に「解禁」するわけには行かない。確かに政策そのものは経済の循環に滞りをもたらしてはいるが、多くの庶民の不満を考慮すれば、これ以上の価格上昇は何としても抑止しなければならない。それこそ「解禁」してしまえば元の木阿弥だ。
 マクロ調整は通常、貨幣政策と財政政策で行われるが、そこに土地価格の抑制策が入り込んでくるのは、中国ならではの現象だ。価格抑制策と全体的な経済社会の発展政策が相容れるのかどうかの課題は残されているものの、この価格抑制策の意義に立ち返れば、不動産市場の健全な発展にあり、投機を防止し分譲住宅の価格を下げ、またエコノミー住宅の供給量を増やし、実需層の手が届くものにすることにある。
 「土地価格さえ上がれば…」が支えてきた中国経済。第11次5ヵ年計画も含め、過去10年間の不動産住宅市場の発展は中国経済を牽引してきた。だが、これまで続いた「ボロ儲け」のモデルが今後も継続するとは考え難い。
 第12次5ヵ年計画は「持続可能な発展」がスローガン。軸足は土地資源管理に移され、不動産業界の発展も「民生」を優先してこそのシナリオとなるだろう。
 高速鉄道も7月23日の事故を経て、いまや速度を落として走っているようだが、中国経済全体もまた「健全な発展」を遂げるためには、ある程度の速度にまで落とす必要があるようだ。

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